闘病生活、家族に負担をかけたくないが…

2015/06/14

若い頃から健康で、大きな病気や入院生活とはほど遠い生活をしていた人は多いが、身近な親戚や知人、そして家族の入院に遭遇することは多い。
そんな彼らを見舞うとき、「早く元気になってもらいたい」との思いはあるものの、正直深刻な病気の場合には厳しい現実を胸の奥にしまい込むことになる。

見舞いに行ったとき耳にする患者の言葉の中には、「自分がやろうと思っても出来なくなった、どうしても人の世話になってしまう」と言われることもある。
もちろん病人であるので、患者の言葉は特段深い意味を持つものではなく素直な感想だと思うが、病状の進行と共に患者と家族の感じ方に変化が生じることがある。

病院に見舞いに来る訪問客には、配偶者・家族、親兄弟、親戚、知人といろいろである。幸い短期間に退院できる予定であれば、他人の訪問もありがたいが、深刻な場合にはごく身近な人の訪問に限りたいものである。そのため家族には見舞客への自身の求める情報周知をしっかりするよう、依頼することも必要であろう。

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さて病院生活は大体が単調なものである。というより自らの意志での行動が制限され、決められたスケジュールに沿って自分が流れていくだけなのである。
それは治療であれ、食事であれ、従うしかないことなので、知らずにストレスがたまっていくことになる。

そのような患者の状況下で配偶者や家族が見舞いに来ると、自身のストレスからついきつい言葉が出ることがある。いわゆる遠慮のない間柄から出るわがままと言えるのだが、場所は自分の家ではなく病院である。他人が多くいる病棟で、きつい言葉を浴びせられる家族の心はいかに…。

そう、病気で入院しているあなた、そして見舞いに来る家族は同じようにストレスを感じているのである。もちろん一番辛いのは痛みもあるし、これから先の不安もある病人であるが、今ここで家族の負担を考えてみるべきもかもしれない。

 

数年前、私の知人が入院したときのことである。

もともと亭主関白の感じが強い人だったが、見舞いに来た奥さんをつまらないことで罵倒したのである。それは患者にたまっていた日々のストレスと、病棟内に対する自己顕示の現れだったかも知れないが、人前で大きな声で怒られたことに動転し、思わず泣いてしまった奥さんの心の傷は大きかったと思われる。

他方、自分が同じ立場であった場合、見舞いに来た家族に対しどのくらい自己を押さえられるのか、これはなかなか難しいものかも知れない。

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日頃から会話が多く良い意味での言い争いをしている夫婦や家族ならまだしも、あまり会話がない夫婦の場合、闘病生活という非日常状態にある患者が唐突に激しい言葉で相手を悲しませることもあろう。
考えてみると毎日見舞いに来る患者家族の時間的、肉体的、そして心の負担を減らすには、家族が自分のことを大切に思っていることを常に意識することが大事になるのであろう。