要介護の親、当人の希望もありできるだけ家でと考えています

2015/06/14

要介護の親、当人の希望もありできるだけ家でと考えています

住み慣れた家を最後まで出たくない。
一緒に住む家族がいても一人暮らしでも、長年住んできた自分の家というのは特別なもの。
そんな親の気持ちを尊重したい、と願う子供の心も至極自然なことです。
子供の頃からの思い出、大事な家族の時間の記憶。支えてあげないと後に後悔しないか。そんな思いが心を揺らしてくれます。

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ですが、最後まで在宅で介護をと願ったとしてもそれは現実的なのでしょうか?

では、ご一緒に考えていただけたらと思います。

 

自宅で最期までという願いは現実的なのか?

正直、人それぞれによるとしか言えないかと思います。死ぬギリギリまで介護されず、元気で過ごせる人もいないわけではないからです。
ですが、最期まで絶対自宅で!とこだわるのは介護される側にも、介護する側にも負担が半端ではありません。

今これを読まれている方のお年がおいくつかわかりませんが、親御さんの歳は60歳は超えておられるかと思います。

 

何歳まで生きるとお考えですか?

老い先短いという言葉がありますが、最近はその言葉が当てはまらなくなってきました。
男女の差はありますが、日本人の平均寿命が84歳と言われています。24年と考えても結構長いと思いませんか?

ですが、平均寿命とはイメージする単純な統計上の平均ではありません。

正確には違うのですが、横の辺が年齢、縦の辺が亡くなった人数、それで作る三角形の面積が同じになる年齢とイメージしていただくとわかりやすいかと思います。
年齢の辺が0~84歳と84歳~100歳前後の10数年と面積として吊り合うという事は、亡くなる数がその分違うという事はわかるかと思います。

つまり、平均寿命後に亡くなる人がかなり多いのてす。

それを踏まえて、介護する期間や症状の悪化というものが、想像以上に重く長くなる可能性を考えてみてください。
場合によっては子供の方も定年を越え、職を無くした後も介護が続く事は珍しくないのです。

子供の学資、自分と妻の老後費用、自分と妻や子供たちの思い出に介護がのしかかってくる

寿命がのびればのびるほど、介護離職、介護離婚というものが増え、今社会問題化しつつあります。在宅介護を最期まで維持する事は、それだけリスクを抱える事になるのです。

 

介護施設という名の狭き門、在宅介護で過ごす時間

とはいえ、正直早めに介護施設に入れる人は、順番待ちをして運よくまわってくるほんの一握りです。

近年の厚生労働省の調査では干支が一回りするくらいの間に、要介護認定を受けた人の数は2.5倍にまで膨れ上がっています

私が10年前くらいによく聞いたのは『介護施設は3年待ち』という話でした。
介護保険の制度の発達過程だったからという面もあると思いますが、この増え方だと地域によっては待期期間は3年ではきかなくなっているかもしれません。
だから、施設を検討したからと言って、家で親と共に過ごし、世話をし、向き合う時間は十分すぎる程あるのです。

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ですが、要介護度が進みせっぱつまってから施設検討だと、奥さんが看ている場合は負担が非常に重く長くなります。また、待機時間を看る人がいない場合、最悪離職するしかなくなる場合もあります。そうなると費用の面で施設はより難しくなる可能性があります。

だから、より早くから覚悟を決め、要介護認定を受け、ヘルパーやデイサービス等のサポートを受けつつ、施設の順番待ち等しておく必要があるのです。

 

幸せになる事も一つの親孝行です

施設に行かせる事を、『親を捨てるのか!』と親が怒って拒否する話があります。
老いた親の願いを叶えられない子供は冷たいのでしょうか?
逆に返すのであれば最後まで在宅介護をしない子供を冷たいと言う親世代は、子供の残りの人生の事は考えていないのです。

勿論単純に冷たいというわけではありません。ですが、高齢化した人には介護による子供の大変さが想像しきれないのです。若い頃には家族を思ってきた親御さんたちも、自分の老いには孤独と不安に負けてしまう事は責められる事ではありません。

親に罪悪感は残るかもしれません。
ですが、今老い先短い人より、これから先より長く生きる人の人生を優先しましょう。
一つ間違うと親を見送った後には、自分の老後の費用も、家族も残っていないという事もありうるのです。

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だから、施設を選ぶ事を冷たいと思わないでください。親だけではなく、自分も家族の人生も守らなければならないのです。
幸せに生きる事が、育ててくれた親に報いる一つの道でもあるのです。