はじめて親の呆けを感じたときの衝撃

2015/07/06

はじめて親の呆けを感じた時の言葉に尽くせぬ衝撃

77歳の母は、元気に一人暮らしをしていましたが…

77歳の母は、元気に一人暮らしをしていましたが…

母は今、77歳です。私は45歳。母も私もそれぞれ一人暮らしをしています。

77歳とはいえ、母は身の回りのことはきちんと一人でできますし、好奇心が強いので、今は若い人と同じようにスマホも使いこなし、メールも問題なくやりとりしています。
そうは言っても、ここ数年は母に対して、同居しないかと持ちかけているのですが、「マイペースで暮らせるから一人がいい」と言って聞く耳を持ちません。

 

秋田での旅行でのある「事件」

 

妹の嫁ぎ先が秋田なので、ここ5年は毎年、孫に会いに行くために私と二人で出かけています。昔から新幹線が大好きで「こまち」に乗ることも、楽しみにしています。先日、1年ぶりに出かけた時の話です。妹は仕事をしており、孫は保育園なので平日は母と二人で過ごすのですが、ふと入ったカフェでこんなことがありました。

 

そのカフェにはベーカリーが併設されていて、会計は店ごとに済まして、購入したパンをカフェで食べられるのです。
最初は二人でクロワッサンを買い、それを持ってカフェで飲み物を購入して席について二人で食べました。母はそのクロワッサンが気に入ったようで、もうひとつ食べたいといって買いに行きました。しばらくしても戻って来ないので、気になって見に行くと、なぜか母はカフェのキャッシャーで、お店の人と話していましたが、ちょっと様子が変でした。

 

クロワッサンを買おうとした母は、ベーカリーで会計すべきところを、カフェのキャッシャーで払おうとしていたようです。
お店の方が「会計はベーカリーで」と何度言っても理解できていないようでした。ともかくお店の方にお詫びして、ベーカリーで会計を済まして、カフェのテーブルに戻りました。

 

母は素直な性格なので、普段なら素直に非を認めるか、あるいは自分の正当性を主張するのですが、私が会計の仕方について説明しても、母は、特別自分の間違いを気にしているようではありませんでしたし、何もなかったように、すぐに話題を変えてしまいました。

 

私はとても驚きました。初めて母の呆けをあからさまに感じたからです。私は衝撃を受けました。

 

キャッシャー

 

 

認知症という言葉が突然、現実味を帯びてきた

それまでは認知症とか、介護とかディサービスという言葉を聞いても、全く他人ごとでした。それが突然、現実味を帯びてきたのです。
母の77歳という年齢を考えれば、ある意味やむを得ないことでしょう。私は早速、市の認知症相談の窓口に問い合わせてみました。

当事者となって初めてわかったことではありますが、こういった相談ができる機関は市町村だけではなくいろいろとあるようです。

 

二人暮らしも視野に入れて前向きに考える

 

とは言え、ショックを受けて、途方に暮れていても仕方がありません。
もしも本当に母が認知症だとしたら、母に一人暮らしを続けさせるのは、いろいろとリスクがあります。これを機会に、母と二人暮らしすることも考えてみようと思っています。実現すれば四半世紀ぶりのことです。それはそれでまた楽しみでもあります。

この記事を書いたライター

久保田 雄城
久保田 雄城

「終活情報を伝える意味について想うこと」

私の母は、今年87歳だが元気に一人暮らしをしている。とはいえ87歳という年齢は当然若くはない。来るべき死に向けて準備をする必要であることは間違いない。これは母自身というより、むしろ息子である私の問題だ。
つねづね私は「よく生きることは、よく死ぬことだ」と考えている。終活とはまさにその「よく死ぬ」為の活動だろう。そのような意味において、私が伝える終活情報は皆様と同じように私もまた知りたい情報なのである。