施設での看取り、職員への感謝の表し方

2015/08/21

人生の最期の瞬間をどう迎えるか

介護施設での看取り、職員に感謝人生の最期の瞬間、それをどこで迎えるかは、本人はもちろん、家族にとっても非常に重要な事柄です。
残念ながら、すべての人が自宅で家族に囲まれ、大往生を迎えられるわけではありません。病院で苦しみながら亡くなられる方や、時には孤独死という悲しい最期を迎えられる方もいらっしゃいます。

今回は、最近増えつつある、介護施設で最期を迎えられる場合について、調べてみました。

2年間過ごした介護施設は父にとって「もう1つの家」になっていた

お話を伺ったのは、65歳の男性です。
彼は妻とともに90歳の父親の自宅介護を続けていたそうですが、老老介護の負担もあり、2年前に父親を介護施設に入れ、そして父親が亡くなられる際も、そのまま施設での看取りを選択されたそうです。

自宅に帰っての看取りももちろん考えたそうですが、父親にとって2年間過ごした介護施設が「もう1つの家」となっていることを実感し、父親自身や施設職員の方々とも相談し、施設での看取りを決めたそうです。

介護施設での看取りは決してマイナスではない

介護施設での看取り、職員に感謝彼のお話で印象深かったのが、施設での看取りが、私たちが思っているほどマイナスなものではない、ということでした。
どうしても介護施設での看取りと言うと、家族から離れた孤独な最期という印象があったのですが、彼の父親に限ってはそんなことは無かったようです。

「優しい看護師や医師、そして施設内で出来た友人と過ごした2年間は、父に思った以上の安らぎを与えてくれていたようです」と、彼は語ってくれました。
また、「自宅介護では自分も妻も疲れて、時に父に厳しく当たってしまうこともあり、あのまま自宅や病院で看取っていたら、あれだけ父が安らかに逝けたかどうか」とも、おっしゃっていました。

父に人間らしい尊厳ある最期を与えてくれた介護施設の職員たち

亡くなられた時も、無理に病院に運ぶのではなく、施設に主治医がかけつけ、家族やお世話になった看護師さんなど、みんなに見守られての最期だったそうです。
そして、息を引き取った後も、家族と介護職員の方で父親の体をお風呂で綺麗に洗い、見送ったそうです。
彼は「施設の皆さんは、父に人間らしい尊厳のある最期、暖かい最期を与えてくれた」と、涙ながらに語ってくれました。

感謝を表すため、挨拶や思い出の品、そして施設への寄付

介護施設での看取り、職員に感謝亡くなられた当日はもちろん、彼と妻は、葬儀が済んでからも改めて、施設の看護師や医師、職員の方々、父親と仲良くしてくれていた施設に入られている方々に感謝の挨拶をして回ったそうです。
その際には、施設の方々に食べていただくお菓子や果物とともに、施設の皆さんと過ごした間の父親の写真もアルバムにして、贈ったとのことです。

また、彼は感謝を表すのに、他に出来ることはないか考えた末、「自分の父のように施設で安らかに最期が迎えられる人が増えるように」と、少額ながら施設に寄付を行ったそうです。

まだ介護施設での看取りは少なく、その設備が整っている施設も少ないのが現状です。
しかし、今後はそういった介護施設も増えていくことは間違いありません。
実際に、施設での看取りを望まれる高齢者の方も増えているようです。

彼の父親のように、安らかな最期を迎えられる方が一人でも増えるよう、「看取り」そのもののあり方や、施設での看取りの際の家族の関わり方、感謝の仕方などについて、私たちも、より理解を深めていくべきではないでしょうか。

この記事を書いたライター

久保田 雄城
久保田 雄城

「終活情報を伝える意味について想うこと」

私の母は、今年87歳だが元気に一人暮らしをしている。とはいえ87歳という年齢は当然若くはない。来るべき死に向けて準備をする必要であることは間違いない。これは母自身というより、むしろ息子である私の問題だ。
つねづね私は「よく生きることは、よく死ぬことだ」と考えている。終活とはまさにその「よく死ぬ」為の活動だろう。そのような意味において、私が伝える終活情報は皆様と同じように私もまた知りたい情報なのである。