高齢者の生活、教育と職業 ドイツ

2015/09/29

或る年かさの友人

フランクフルトの美術仲間の1人に70歳を迎え、現在は年金で生活をしている男性がいます。彼のトレードマークは帽子で、船乗りの様な絹のパッチワークでできています。そしていつも白い髭を蓄えています。年金で生活しつつも、9人乗りの大型ワゴンを運転し美術作品の搬入や搬出の手伝いをしています。

私たちはフランクフルトの美術協会を通じて、知り合いました。最初はいちいち文句をつけてくる偏屈な老人だと思っていましたが、一緒に仕事をこなしたり話をしているうちにいつしか打ち解け、彼の病気の話や生い立ちについても語ってくれるようになりました。

そんなある日、カフェで彼の肖像画を描くことがあり、彼は私が描いている数時間の間ずっと、彼の詳しい身の上話をしてくれました。美術の話もありましたが、彼自身の昔の話や現在の生活についてもいろいろと語ってくれたのです。

彼は第二次大戦中に北ドイツのある港町で生まれました。
彼の父親は船上で働く仕事をしていたため、その影響でもあって彼は少年時代を通して船関係の仕事の手伝いをしていたそうです。若い時にいろいろな職を点々としていましたが、友人同士で起業しある程度の成功をおさめました。
今はフランクフルトにある閑静な住宅地に居を構え、一人の子供は独立し、市内にある別のところで夫婦で住んでいるとのこと。彼自身は現在奥さんとは離婚はしていないものの別居し一人暮らしをしていると、すこし照れくさそうに言っていました。

ちなみに、ドイツでの離婚率は高く、家庭内でも経済的にも精神的にも家族は自立していて、子供も同様、離婚に関してはあえて悲観的に感じることでもないようです。ちなみに私が通っていたドイツの大学での周りの友人をみても、ほとんどの両親が離婚していて、逆に離婚せず一緒に今も住んでいるのはかなりの田舎から出てきた友人くらいでした。実際現在ドイツの離婚率は5割くらいです。

さて、話を彼に戻します。

年金、個人的な蓄えと自宅を持つ彼は、日がな1日を悠々自適過ごしているようにも周りからは見うけられます。また、日本でもよくある話かもしれませんが新聞の4コマ漫画をこよなく愛し、毎朝の日課として楽しみにしています。(私も何度か見せてもらったのですが、このジョーク、笑いのニュアンスを日本人として理解するのはとても難しい)

そんな彼がなぜ美術をするようになったのか。「特に美術教育を受けたわけではなく、ただ昔からやってみたかったからだ」と彼は説明してくれました。定年後に美術家を目指し始め、今はそのための活動を中心に毎日を送っています。話を彼の周りには現役時代は美術とは無縁の仕事をしていたものの、引退後に美術家を目指し始めた方々がけっこういるようです。70歳近いにも関わらず美術大学に入って準備を進める年金生活者も珍しくないとのことでした。

 

この話は、ドイツ社会における「美術や芸術の位置づけ」と「教育と職業の自由についての考え方」を知ることでより深く理解できるように思います。

ドイツにおける美術や芸術の位置づけ

ドイツでは、美術や芸術の社会における存在感の大きさや一般の人々がそれを理解しようとする意欲を、展覧会をする度にゲストからの質問の内容や量で思い知らされます。このあたりは日本で同様な活動をした際のゲストの反応の違いですぐに分かります。美術家のための社会保険(Kuenstlersozialkasse)も公的な制度が存在し、美術家が職業として広く社会に受け入れられていることを物語っています。

教育と職業の自由についての考え方

「仕事」や「働き方」をどう捉えるかといった考え方には個人差がけっこうありますが、「学ぶ意欲さえあればいつでも学生として勉学にいそしむ事が出来るべきである」という教育についての考え方は、ドイツに限らずヨーロッパのかなり広い地域で、ある程度共通するものを感じます。特に、ドイツの大学制度はこういった考え方が反映された社会の受け皿として存在しており、日本のそれとは大きく違います。
例えば、一旦社会人となった後や25歳以上になってから大学に入学する者の数にしても、日本とドイツでは大きな開きがあります。
日本においては、大学への社会人の受け入れや卒業後の就職に関する壁はまだ大きいと感じます。特に美術大学に関してその差は顕著で、ドイツでは10代ですぐに美術大学へ入学する者は少なく(少なくとも私が入学した当時)、以前に何か別の科を経験していたり、職人としてのある程度の就業経験を積んだものや教育機関で学んだ経験を持つ入学者が多く見られました。
(ただ、ここ数年は徴兵制の事実上の廃止や、福祉活動(Bundeswehr ブンデスベーア)の制度がなくなったこと、教育改革などの影響もあり、若い学生の比率も上がったように見受けられるようになりました)

ドイツの大学制度は日本の大学検定と一緒で、大学検定資格(アビトゥアー)があり、その資格を得ることで原則として希望するどの大学にも入ることができます。また、国立大学であれば授業料がほとんどなく年間の支払いは保険料といったものだけとなっています。また、外に開かれた大学制度を持つ国という印象もあり、ドイツは外国人の学生にとっても今大変人気のある留学先です。
このような大学制度はその一角でして、ドイツでは全体として職業や学業を年齢に関係なく比較的自由に選択したり選択しなおしたりできる社会としての設計があるのだと実感しています。ドイツ 高齢者

 高齢者の充実したライフスタイルの理由

年金生活を送る年上の友人の話から、ドイツにおける様々な社会設計思想を感じ取ることができました。日本と単純に比べることはできませんが、ドイツの老人が元気で充実した生活を送っているように見えるのには理由があるのだ、と感じた経験でした。

この記事を書いたライター

大山 龍
大山 龍

最期を考えることは今を生きている間は難しいことだけれども、決してネガティブなことだけではない。突き詰めて、最期のことを考えれば自然に、今をどう暮らせばいいのか見えてくるはず。
そんなにロジカルなことではないけれど。高齢化社会が進む中で、地域医療、介護、終末ケアの意義も益々クローズアップされていくでしょうし、様々なスタイルやコンセプトも今後投げ出されていくはずです。
それでも死とは誰もが迎える自然のこと。医療と美術、相対するかのようなそれぞれの視点で“終活”を考えてみたい。