ネイティブアメリカンの死生観

2015/10/02

現在のアメリカ合衆国はヨーロッパの白人が作り上げた国だ。そのヨーロッパ人が入植してくる以前から北アメリカ大陸に居た人々を「インディアン」(ネイティブアメリカンの一民族)と呼ぶ。
多くの日本人が持つ彼らへのイメージは、ヨーロッパの圧倒的武力と経済力によって住む場所を奪われ、迫害されてきたかわいそうな人々、というようなものだろう。しかし彼らが古来から築き上げ、今もなお脈々と受け継がれている独特の文化、思想には、ハッと何かを気付かせてくれる深い魅力を備えたものが多くある。

ブラックウルフ・ジョーンズの言葉

ブラックウルフ・ジョーンズという人物がアメリカにいる。インディアンの中のオジブウェー族という民族の血を引くサイコセラピストだ。
かつてアルコール依存症だったが、インディアン文化の中にある癒しの哲学・技術に触れ、1977年アルコール中毒者更生会の協力により断酒、その後心理学の学士号を取得し個人診療所を開業した。
以下に彼の言葉を少しだけ載せる。

そこに辿りつこうとあせってはいけない。「そこ」など、どこにもないのだから。
本当にあるのは「ここ」だけ。今という時に留まれ 体験を慈しめ 一瞬一瞬の不思議に集中せよ。
それは美しい風景を旅するようなもの。日没ばかり求めていては、夜明けを見逃す。

あなたが本来の自分であること。宇宙に対してあなたはそうある責任がある。
自分の本当の姿を知ってあなたが身震いするなら、身震いすればよい!
あなたは壊れやしない。怖れずにはばたけ、自分自身になれ!

ネイティブアメリカン 死生観

彼の言葉は心に響く。自然と調和し、自己への認識を落ち着かせることによって、人の心は平穏を取り戻す。現代日本という文明化された世界に居る我々の様々な悩み、考えの行き詰まりに、なにかしらヒントを与えてくれるかもしれないのが彼らの言葉だ。

ネイティブインディアンの死生観

例えば、彼らは「死」を悲劇だとは捉えていない。ありのままの自然なことだとして捉える。
自然の中でトウモロコシが育ち、草花が枯れるのと同じように、人間もまた自然の中で生まれ、死んでいく。物理的な存在としての肉体が死に、魂だけになる。

そこには「もっとこうして生きればよかった」「あの人はあんなに手に入れているのにどうして私は」というような妬み、落胆、後悔はない。
自分の命と人生は自然の一部であり、宇宙の一部なのである。だからあまり自分本位にごちゃごちゃ考えすぎてもしょうがないのだ、ありのままに物事を受け入れ、ありのままに生き、ありのままに死ぬべきなのだ。

この記事を書いたライター

雨輝
雨輝

生き死の問題は、人生の長い時間は考えないものです。メメント・モリ(死を想え)といった言葉があるように、死について真剣に考えることで、生きている意味を見出そうとし、有意義な生活が送れると思っております。
今この瞬間も死に直面している人もそうでない人もいますが、死は誰もが通過する道です。万人に共通する「死」というテーマで執筆することによって、多くの方々に「生」を実感してもらえればと願っております。