認知症の姑[1] 夫の協力がない介護生活に疲労

2015/11/30

渡辺敦美(秋田県、50代女性)
認知症の姑、夫の協力がない介護生活に疲労の毎日

認知症となった姑の介護は私がすることに

もう10年以上前になりますが、姑の認知症が気になり始めました。最初は物忘れから始まったものの、あっという間に進行してしまいました。深夜に裸足で徘徊したり、わからないまま見知らぬ宗教に入ってしまったり・・日に日に悪化するばかりで、リビングで排泄をしたことさえもあります。老人ホームに入ってもらうまでの3年間は、私にとっても非常に苦しい毎日でした。しかも、夫は単身赴任中。私は姑の介護をしながら、2人の子供を育てていました。夫の協力がない介護生活は、肉体的にも精神的にもきつかったです。

介護の苦しみはなかなか理解されない

夫は「ありがとう」とは言ってくれるものの、介護生活の大変さはあまり理解してくれていないようでした。たまにある帰省でも、当たり前のようにリビングでくつろいでいるだけで、私の協力はしてくれません。また、義理の姉に相談しても、他人事のようにされました。きっと面倒なことには目を背けたかったんだと思います。だけど、それは私だって一緒でした。実の子である夫や義姉が避けたい現実を、他に代わりがいないから、嫌でも私が受け止めなければいけなかったのです。介護の苦しみを分け合う者がおらず、当時の私は常にストレスが溜まっている状況でした。子供達にも申し訳なかったと思っています。認知症 介護

攻撃的な認知症に

認知症というと、一般的には“もの忘れ”な印象があると思います。しかし、現実はそれだけではありません。徘徊や失禁、妄想、異食など症状はさまざまです。私の姑の場合、“攻撃的な態度”に悩みました。もともと姑と嫁という立場であって、そんなに仲が良かったわけではありませんが、世に聞く姑トラブルのようなことはありませんでした。しかし、認知症が進むにつれて、お世話をしている私に対して“介護拒否”の反応がみられ、徐々に攻撃的になってきました。私も介護ストレスが溜まっていましたから、取っ組み合いの喧嘩になったことも多々ありました。

溜りに溜まった介護疲れ…「老人ホーム」という選択

単身赴任中の夫に、私の介護ストレスは理解されずに月日が経っていました。私は友人たちに愚痴を聞いてもらいながらも、「いつか離婚してやる」と心から思っていました。そして、夫が帰省していた時にその思いが爆発し、いままでにない勢いで怒りをぶつけました。呑気な夫も事の重大さを分かってくれたようで、そこにきてようやく「老人ホーム」という選択肢が出てきました。

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この記事を書いたライター

まつい
まつい

これまで全国各地の石材店や納骨堂の取材をしてきました。
最近は「終活」という言葉をよく耳にするようになったものの、なにから始めればいいかよく分からない人も多いはず。そんな方々のお役に立てるように、終活にまつわる情報をお伝えしていきます。
終活を通じて、自分のこれまでの人生を見つめ直し、そしてこれからの人生に備えていきましょう。きっと自分にとっても家族にとっても、充実した幸せな暮らしにつながるはずです。