「夫と同じお墓には入りたくない」 母の遺言に息子たちは…

2016/01/07

嫁姑のトラブルは長引くことが多いようです。かつて嫁だった女性の恨みは、臨終を迎えても消えないことがあります。

恨みをひきずったままで、魂は安らぐのでしょうか?

 

 

母親のとんでもない遺言

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F夫人は「気丈な賢夫人」として知られていました。

舅・姑の介護を一手に引き受け、3人の息子を国立大学に入れ、内助の功も十分すぎるほどで、夫は大企業の常務取締役まで昇進しました。

舅・姑を見送り、夫も5年前に心臓病が悪化して亡くなりました。

 多趣味なF夫人は悠々と日々の暮らしを楽しんでいましたが、80歳を過ぎて肺癌にかかりました。

発見した時には、すでにSTAGE・Ⅳまで進行し、脊椎など他臓器にも転移していました。医師は抗癌剤の化学療法を勧めましたが、3人の息子には余命1年と宣告しました。

気丈なF夫人は肺癌STAGE・Ⅳという診断を冷静に受け入れました。

「残された時間は、少ないということですね。80まで生きりゃ十分ですよ」

F夫人は独り暮らしだったので、入院して化学療法を受けることにしました。

 ある日、F夫人は3人の息子を病室に呼びつけました。

「弁護士さんに頼んで正式な遺言状を作ったから、この通りにしてちょうだい」

息子達は遺言状の写しを渡されました。財産分与などは公平で、文句のつけようもありません。

息子達が驚いたのは、次の2点でした。

「延命治療は拒否する」
「舅・姑、夫と同じ墓には入らない」

唖然とする息子達に、F夫人は強い口調で命じました。

「これは遺言とは違うかもしれないけれど、意識がはっきりしているうちに、言っておかなきゃいけないから、遺言状にしたのよ。とにかく、わたしの言う通りにしてちょうだい。言う通りにしないと、化けて出るからね」

 「延命治療の拒否」は、息子達も納得できました。治る見込みもないのに、いたずらに生を引き延ばせば、苦痛を長引かせるだけです。息子としてはつらい決断ですが、母が最期を安楽に迎える方が、大事に思われました。

しかし、「父親と同じ墓に入らない」となると、「新しい墓」を用意しなければなりません。菩提寺との関係は、どうなるのでしょう?

 

母の心の平安が何より大事

息子達は、F夫人の気持ちがわかりません。

「お父さんと同じお墓に入らないなんて・・・お父さんが悲しむよ」

「悲しむものですか。あの人は、わたしの気持ちなんて考えたこともないのよ。わたしが、苦しんだり、悩んだりしていても、知らん顔していたんだから」

F夫人は、昔の怒りや恨みが心の奥底から噴き出しました。

「死んでからも、舅や姑と一緒にいるなんて、がまんできないわ!」

 

息子達は、母親が姑で苦労しているのを知っていました。

舅は男尊女卑の化石のような男で、嫁をかばうこともありませんでした。舅が亡くなると、姑は軽い認知症になり、F夫人の苦労は倍加しました。

父親のF氏は、高度経済成長時代の企業戦士で、家庭内はF夫人に任せきりでした。F夫人は相談することも、悩みを打ち明けることもできませんでした。

 「わかった。お母さんの望む通りにするよ。安心して、治療に専念してほしい」

長男がきっぱりと応じました。F夫人は心から満足して笑いました。

 

次男や三男は、長男の決心に驚き、なかなか納得できませんでした。

「お父さんとお母さんが別々の墓に入るなんて、おかしいじゃないか」

「死んだ後のことなんて知りようがないんだから、はい、はいと言っておいて、うちの墓に納骨すればいい」

「そう、そう。どこの墓に入ろうと、死んでしまえば関係ないよ」

「死んだ後の気持ちまで考えることはないんだ」

 

次男や三男の考えにも一理あります。

確かに、人間は死後どうなるか、明確にわかっている人間はだれもいません。

世界には、さまざまな宗教があり、死後の世界についても、いろいろな説があります。

輪廻転生を説く宗教もあれば、天国や極楽浄土を説く宗教もあります。

でも、本当かどうか、だれも知りません。信じるしかないのです。

ですから、「死者が、どう思うか」など、考える必要はないかもしれません。

 

「お母さんは、いまだに、お祖父さんやお祖母さん、お父さんを恨んでいる。そんな気持ちのまま、死なせていいのかな?別の墓に入ることで、お母さんの気持ちが安らぐなら、それでいいじゃないか」

長男は、弟達を説得します。

「お母さんが気分よく最期を迎えることが、何より大事なんだよ」

弟達もうなずきます。

「それに、ぼく達はお母さんの望みを知っている。お母さんの言う通りにしなかったら、一生後悔することになるかもしれない」

「そうだな・・・悔やんでも悔やみきれないことになる」

弟達も、ようやく納得しました。

 

新しいお墓

息子達は郊外に宗教を問わない霊園を見つけ、新しいお墓を用意しました。

菩提寺の住職にもF夫人の気持ちを話して、了承してもらいました。

 

F夫人は化学療法の効果が出て退院し、自宅で1年半過ごしました。

容体が悪化すると、自分でホスピスに入りました。

3人の息子夫婦は、かわるがわる夫人を見舞い、孫達も顔を見せました。

息子達が「霊園を見つけた」ことを報告すると、夫人は満足しました。舅・姑の悪口も、夫への恨み言も言わなくなりました。

「新しい、自分だけのお墓」が、夫人の心を和らげたのかもしれません。

 

F夫人は延命治療を受けることもなく、眠るようにして逝きました。

息子達は2日にわけて2ヶ所の墓参りをすることになりました。

でも、息子達は後悔していません。最期の望みを叶えたので、母親が平穏な気持ちで逝くことができたのですから・・・。 

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。