犬は裏切らない 愛犬をパートナーとして生きた老医師の記録

2016/01/15

不動産で失敗

H先生は内科の開業医でした。今年90歳になります。

親代々、医者の家で、先生も幼い時から医大を目指して猛勉強しました。父親と同じ医大に進学し、博士号も取得しました。

しばらく大学病院に勤務しましたが、結婚と同時に開業医となりました。

40代で愛妻を亡くし、50代の終わりに一人娘を結婚させました。

一人娘の結婚相手は医学者でした。結婚して3年後、アメリカの研究所でいい地位につき、夫婦そろって移住しました。

10f4bf125bc1bbc4ea1a91b6918a7a54_s

H先生は独り、愛犬を相手に暮らしました。

H先生は子供の頃から犬が大好きで、愛犬のいない生活など考えられません。

高収入の上、代々の資産家で、H先生は土地建物をかなり所有していました。

取引銀行M銀行が、「融資をするから、不動産経営をしてはどうか?」と、しきりに勧めます。H先生は、不動産経営に意欲を燃やしました。

しかし、不動産経営は、開業医が片手間にできるものではありません。数年後、H先生の不動産会社は経営不振となりました。

そうなると、銀行は冷たいものです。融資を引き上げ、担保の上積みを要求し、挙句の果てに倒産すれば、何もかも奪い取ります。

H先生自身も個人破産し、財産のほとんどを失いました。わずかに診療所のビルだけが残りました。ビルは医療法人の所有だったのです。

 

H先生は80歳近くなっていましたが、平然としていました。

「わたしは医者だからね、食べていくぐらいは稼げるよ」

先生は豪邸を出て、診療所近くのマンションに移りました。

移住したマンションでは、ペットが飼えるので、H先生はハスキー犬のユキちゃんを飼うことにしました。一見狼のようですが、利口でおとなしい犬です。

 

帰ったら、家はからっぽ

82歳の時、ある女性と知り合い、再婚することになりました。

女性は40代半ばで、高校生の息子がいました。高校生にしてはものわかりがよく、H先生にも愛想よく接しました。

 

驚いたことに、H先生との結婚式に、女性の前夫が招待客として現れました。

知人のレストランを貸し切りにして披露宴を開いたのですが、50歳前後と思われる前夫は、何かと女性の世話を焼き、H先生にも親しげに話しかけます。

「べつに憎み合って離婚したわけじゃないし、息子のこともありますから、親しい友人として付き合っています」

女性も前夫も、当然という顔です。

まさに「寝耳に水」の話で、戦前生まれのH先生には理解できません。

 

披露宴に集まったH先生の友人や後輩達は、我が物顔に振舞う前夫を不快に思い、中には無遠慮に「結婚をとりやめろ」と言う者もいました。

しかし、女性の要望で、十日ほど前に入籍していました。今さら取り消すのは容易ではありません。

H先生は、女性との新婚生活に入りました。

 

女性の前夫は、ちょくちょくH先生のマンションを訪れました。

「息子の進学について相談している」と、女性に言われれば、H先生は引き下がる他ありません。

結婚すると、連れ子の高校生は、H先生と口も利かなくなりました。先生の慰めは、愛犬のユキちゃんだけです。

 

数ヶ月が過ぎました。

H先生は学会に出かけ、4日間留守にしました。学会の後、友達と近くの温泉に行ったのです。

夜遅く帰宅すると、マンションは真っ暗です。ドアを開けると、ユキちゃんが飛びついて来ました。

H先生は唖然としました。部屋の中はがらんとして何もありません。TVもオーディオセットも、テーブルも、そして、寝室のベッドまで・・・。

家具はもちろん、衣類から食器、友人の画家がくれた絵画まで、何もかも消えていました。残っていたのは、医学書などの書籍類と犬の食器だけでした。

もちろん、預金通帳も残高はゼロ。この数ヶ月の間に少しずつ引き出されていました。

個人破産してから数年間に貯めたお金(診療代や年金)が、そっくりなくなってしまったのです。

 

マンションの住人によれば、女性と子供は、大きなトラック2台に荷物を積み込み、先生が帰宅する前日に出て行ったそうです。乗用車で迎えに来たのは、どうも前夫のようでした。

ハスキー犬のユキちゃんは、飲まず食わずで、H先生の帰りをひたすら待っていたのです

 

負けてたまるか!

H先生は女性と離婚しました。

女性が持ち去った物は「慰謝料」ということにして、話をつけました。

 

H先生は診療を続けました。

診療所には、ユキちゃんも連れて行きました。ユキちゃんは愛嬌者で、老人や子供の患者さんに人気がありました。

 

86歳になって、前立腺癌が発症しました。

H先生は放射線療法を受け、癌を抑え込みました。

快方に向かうと、診療を再開します。患者さんと接するのが、H先生の生きがいでした。

診療を続けるだけでなく、医大の後輩達と相談して「リハビリを中心とする老人ホーム」の開設を計画し始めました。風光明媚な温泉地に開設すれば、リハビリしながら老後の生活を楽しめます。認知症の患者さんにも、効果があるでしょう。

「施設ができたら、ぼくもユキちゃんを連れて入所するんだ」

H先生は腰痛がひどくて、歩くのも難しくなっていました。

 

どんなに足腰が痛くても、ユキちゃんと散歩に出かけました。

夜は、ユキちゃんと2人でワインを楽しみました。

H先生とユキちゃんは、どこへ行くのも一緒でした。

 

でも、ハスキー犬の寿命は長くありません。

ユキちゃんは12歳で死にました。老衰で、眠るように逝きました。

 

H先生は、診療所を後輩に譲り、有料老人ホームに入りました。

でも、先生は負けません。車椅子生活になりましたが、気力十分です。見舞いに訪れる後輩医師達と、リハビリ・ホームの計画を練っています。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。