いつまで続く泥沼介護

2016/01/29

家族が高齢になると、介護が必要になることが少なくありません。

初めは「私が面倒を見よう!」と、張り切っていても、年月が経つうちに負担が大きくのしかかってきます。

いつの間にか介護の泥沼にスッポリはまりこんでいるのです。

どうしたら、いいのでしょう?

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ゴールが見える介護・ゴールが見えない介護

高齢者の介護というと、一番多いのが「認知症」の介護ですね。

でも、介護を必要とするのは、認知症だけではありません。

脊椎や腰椎を痛めて寝たきりになったり、癌(がん)や心臓疾患、腎臓病・肝臓病など様々な病気が進行して介護が必要となったりする場合も、多いのです。

癌などの病気が進行して介護が必要となる場合は、たいていは、病院に入院して治療を受けるようになります。

在宅治療を希望する場合もありますが、どちらにしてもゴールが見えています。

多くの場合、「余命何ヶ月」「もって1年」などと、医師から宣告されます。

ショックは大きいのですが、ゴールが見えているだけに、全力を挙げて介護に努めることができます。

もちろん、病気が進行して衰弱する様子を見ていたり、癌のように痛みに苦しむ様子を見たりするのは、家族としては耐えがたいことです。

しかも、病人の頭がはっきりしていれば、死期が近づいていることを隠すことも難しいでしょう。

介護する家族の苦しみやつらさは、言葉に尽くせません。

それでも、ゴールが見えている時、「万一の時、後悔するようなまねはしたくない」一心で、実力以上の介護をすることもできます。

迫るゴールが、介護する人々を駆り立てるのでしょう。 

一方、「ゴールの見えない介護」というものが、あります。

 「ゴールの見えない介護」の代表的なものが認知症の介護です。

 認知症と言っても、アルツハイマー型認知症・脳血管性認知症など、いろいろあります。

最も多いのがアルツハイマー型認知症で、全体の60%をしめます。

次いで多いのが脳血管型認知症で、約20%と言われます。

中には、手術や投薬で改善するものもありますが、たいていは症状が進行し、悪化の一途をたどります。改善する見込みはありません。

加齢により、身体機能も低下していき、癌などの病気も併発します。

しかも、認知症は記憶障害や判断力の低下など知的能力が衰え、人格の変化などが起こります。

アルツハイマー型認知症はゆっくりと単調に進行しますが、脳血管性認知症は脳梗塞や脳出血など、脳の血管障害によって起こる認知症であるため、発作を繰り返す中で段階的に悪化していく傾向があります。

どちらも着替えや入浴、掃除など日常的行為が独りではできなくなり、介護なしでは生活できなくなります。

家族の顔もわからなくなり、会話もできません。

やがて、自分で座っていることも難しくなり、寝たきりになってしまいます。

食物や飲み物を飲みこむ力もなくなり、誤飲性肺炎を起こしやすくなります。

これが、認知症の末期症状です。

アルツハイマー型認知症の場合、「少しおかしいな」と自分でも気づく前駆症状が出てから、約3年で認知症初期症状が発症するようです。

初期症状が発症してから15年前後で末期症状に至ると言われています。

しかし、15年というのは、あくまで平均値で、個人差が大きいのです。

中程度の認知症のまま、何年も過ごす人もいます。

 

ゴールの見えない不安がつのる 

「ゴールが見えない介護」は、認知症だけではありません。

脊椎や腰椎を痛めて車椅子生活になってしまったり、脳梗塞や脳腫瘍などの後遺症で手足がマヒしてしまったり、関節リウマチで指などが変形したり、日常動作が独りで行えず、介護を必要とする人も少なくありません。

リハビリを行い、少しでも改善するように、本人も家族も努力しますが、加齢による衰弱もともない、少しずつ悪化していくのが普通です。

知的能力が低下しないことも多く、本人のイライラや絶望感は想像もつかないほど大きくなります。

 認知症でも、認知症でなくても、少しずつ悪化して衰弱していく様子を目にしながらも、ゴールは見えないのです。

 

最初は「親なのだから、最期まで面倒を見よう」という気持ちが強く、使命感に燃えています。

しかし、介護が3年5年と続くうちに、心の中にどす黒い不安が生じます。

それは、介護する側も初老期に入り、体力が衰えてくることも深く関係します。

初老期に入ると、男性は職場における立場や責任が最も重くなる反面、30代40代のスタミナが失われていることを実感します。

女性は更年期に入り、体調を崩すことが多くなります。

介護が大きな負担となってのしかかります。

 

老老介護の場合は、もっと悲惨です。介護する人自身が癌で倒れたり、認知症になったりすることも珍しくありません。

「私が倒れたらどうしよう?」という不安を、老老介護をする高齢者は抱えています。その不安は、日々大きくなっていきます。

 

「いつまで介護を続ければいいのか?」

この不安は、誰もが抱いているでしょう。

しかも、介護は、年々手数がかかるようになり、限界がありません。

ゴールの見えない長いつらい道に、うんざりしてしまいます。

しかし、うんざりしたからといって、放り出すことはできません。

「早く終りになればいい」と、願う人も出てくるでしょう。

 そして、「早く終わればいい」と願う自分に腹を立て、自己嫌悪におちいることもあるのです。

 

「今日1日だけ」と思ってみては・・・?

 介護をする場合、在宅介護がベストのように思いがちですが、一概に決めつけることはできません。介護の必要度や、症状によっては、病院や施設に入る方がいいのです。

介護する人も助けを得て、不安が軽くなります。病人に接する態度にもゆとりが出てきます。

 しかし、「施設に入れる」決心は、なかなかつかないものです。

「親を見捨てる」ような気がして、良心が痛むのです。

 

その時は、「今日、もう1日だけ、がんばってみよう」と思ってはどうでしょう?

今日1日だけなら、がんばることもできますね。

今日が無事に済んだら、もう1日だけがんばってみるのです。 

ゴールが見えない泥沼なら、自分でゴールを作ってみてはどうでしょう?

「もう1日、もう1日だけ」とがんばるうちに、自分の限界が見えてきます。

 介護は決して独りではできません。

介護保険を申請して、介護サービスをできるだけ利用してください。

ヘルパーに来てもらったり、デイケアやショートステイを活用したりするのもいいですね。

ケアマネージャーや役所の福祉課に、遠慮なく相談してください。

インターネットで「介護相談」をすることもできますよ。介護をしている人達と悩みを話し合うだけでも、気が楽になります。

そうして、「もう1日だけ」とがんばるうちに、泥沼から抜け出す方法が、きっと見つかりますよ。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。