京都の老舗に嫁入り 舅の介護と文化の違いに翻弄され…【後編】

2016/02/05

姑が認知症

京都に来て、5年が経ちました。

Mちゃんは40歳になり、長女は小学5年生、長男は小学3年生です。

夫のB君は父親に代わって紙問屋の経営に乗り出しましたが、不景気が続き、苦労が絶えません。イライラすることが多くなりました。

ある日、姑が駅で足を滑らせて転び、大腿骨頚部骨折を起こしました。姑は入院して手術を受けました。

Mちゃんは入院中の姑を見舞い、寝たきりの舅を介護し、家事を1人で片づけました。掃除は行き届かずホコリが溜まり、料理はレンジでチンするだけ、洗濯物の山ができるのも、仕方がありません。

B君は不満そうでしたが、さすがに文句は言いませんでした。

 姑は、手術後1ヶ月半で退院し、帰宅しました。

Mちゃんは姑の言動がおかしいことに気づきました。

今日が何日なのか、今何時なのか、よくわからないようです。着替えや入浴を嫌がるかと思うと、何でも「汚い、汚い」と言って、捨ててしまいます。

病院の医師に相談すると、「骨折で寝たきりになったことをきっかけに、認知症を発症したようだ」と言います。

「あのしっかり者の姑が認知症」とは、信じられません。姑は70歳になったばかりでした。

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孤軍奮闘

Mちゃんは苦闘を続けました。

脳梗塞で半身不随の舅と認知症の姑を1人で介護し、子供達に目を配り、家事をするのですから、寝る間もろくにありません。東京から見舞いに来た母親のHさんが驚き、怒り、夫のB君にヘルパーさんと家政婦さんに来てもらうように交渉しました。

B君は渋々承知しましたが、舅も姑もヘルパーさんを嫌がります。舅は家政婦を怒鳴りつけ、辞めさせてしまいました。

 Mちゃんは疲れ果て、表情を失いました。夫や子供と口を利くこともなく、ロボットのように仕事をしました。

 3年後、舅が亡くなりました。姑は認知症が進行し、息子のB君の顔も、嫁のMちゃんの顔も、わからなくなってしまいました。

葬儀に来たHさん夫婦は、やつれ果てたMちゃんの姿に愕然としました。

「 娘は介護をするために、嫁に行ったわけじゃない」

Hさんの夫は「Mちゃんを連れて帰る」と言い張りました。Hさんも離婚を覚悟で娘を引き取るつもりです。2人の孫もいっしょに連れて行きます。夏休みが始まったばかりなので、子供達は大喜びです。

 東京に帰ると、Mちゃんは1室に閉じこもってしまいました。泣いてばかりいて、食事もろくに取りません。

Hさんは、Mちゃんを無理やり病院に連れて行きました。

Mちゃんは長年の疲労が積み重なり、うつ病を発症していました。

Mちゃんは心身ともに疲れ果て、全身でSOSを発信していたのです。夫のB君も小姑達も、MちゃんのSOSに気づきませんでした。

 

風呂で溺れて・・・

Hさんは悔やみました。

Mちゃんが「頑張るから、大丈夫」という言葉を信じて、連れ戻すことをためらいました。Mちゃんの家庭を壊すことを恐れたのです。

「もっと早く連れ戻していたら、うつ病なんかにならなかった・・・」

 Hさんは医師の指示に従ってMちゃんに薬を飲ませ、できるだけ休ませるようにしました。

子供達も母親の異常を察したのか、決して我が儘は言いません。Hさんの夫に誘われて、ディズニーランドや東京見物に出かけました。

この8年間、Mちゃんは子供を連れて遊びに行く暇もありませんでした。

 Mちゃんは少し元気になると、子供達と一緒にプールに出かけたりしました。

中学1年生になった長女も、小学5年生の長男も、母親と外出するのが珍しく、大はしゃぎしました。

その子供達を見て、Mちゃんは声もなく泣きました。

 Hさん夫婦は、夏が終わっても、Mちゃんを京都に帰さないことにしました。

子供達に伝えると、長男も長女も「東京に転校する」と言います。

 Hさんの夫は京都に行き、B君と話し合いました。

「2ヶ月近く休めば、十分でしょう。京都に帰って来ないなら離婚します。無論、子供達は、ぼくが引き取ります」

B君の返事は強硬でした。

 Hさん夫婦は、B君の言葉をMちゃんに伝えざるを得ませんでした。子供達を引き取るためには、きちんと法的手続きをしなければなりません。

Mちゃんは冷静に聞き、「離婚してもいいから、京都には帰りたくない」と言いました。

 独りになると、Mちゃんは不安に襲われました。

(夫に子供達を奪われるのではないか・・・)と思うと、涙が溢れます。絶望にとらわれ、(死んだ方がまし)に思われます。

夜、よく眠れないので、医師から睡眠薬をもらっています。Mちゃんは、ふらふらと1週間分の睡眠薬を全部飲んでしまいました。

 眠気がさしたところで、「風呂が沸いた」と知らされました。Mちゃんは、半ば眠っているような気分で、風呂に入りました。

 Hさんは、Mちゃんの長風呂を不審に思い、浴室を覗きました。

Mちゃんは湯船に入ったまま、死んでいました。Mちゃんの頭が湯の中に沈みこみ、溺れたのです。43歳でした。

 Hさん夫婦は、Mちゃんの子供達を養子に迎えることができました。70歳近くなって、再び子育てに励んでいます。Mちゃんへの罪滅ぼしに・・・。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。