死後の旅立ちを支える「おくりびと」たち、納棺師の仕事とは?

2016/02/08

2008年、「おくりびと」という映画が公開されました。

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本作は興行収入累計64億円、日本だけでなくアメリカ、フランス、香港、台湾などでも上映され、邦画として初めてのアカデミー賞外国映画賞を受賞するなど、当時は極めて話題になった作品です。

おくりびとは「納棺師」という職業にスポットライトを当てた作品でした。

納棺師とは、故人がお葬式を迎える際、仏様に最後のお化粧を施し、故人と遺族が心やすらかに葬儀に臨めるようお手伝いする仕事です。
いわば死出の旅立ちを支える旅行代理人であり、こういったところから「おくりびと」というタイトルが生み出されたのでしょう。

さて、そんな納棺師という仕事ですが、映画「おくりびと」によって有名になったとはいえ、まだまだ認知度が低いのが現実です。認知度が低いだけならまだ良いのですが、死にまつわる仕事なだけに、偏見や差別がいまだ根強く残っているという悲しい事情もあります。

しかし、人は誰しもいつかは死出の旅に出るもの。いつになるかはわかりませんが、将来私たちもきっと納棺師のみなさんのお世話になるはずです。そうであるからには、偏見ではなく正しい納棺師の姿を知っておくべきでしょう。

本稿では納棺師という仕事の起源と実態、そして近年の動きについて解説していきます。

 

人類最古の納棺師 エジプトの神官たち

納棺、すなわち葬儀のためにご遺体に化粧などを施す仕事は、英語ではエンバーミングという名前で知られています。この仕事の起源は、遠く古代エジプトまで遡ることができると言われています。

今から約5000年前の古代エジプトでは、死者は死後冥界の王であるオシリス神による審判を受けた後、現世において復活すると考えられていました。

そこで死者の魂が肉体に還った後無事生き返ることができるように、死者の身体を腐敗や損壊から守る技術が発達しました。これがいわゆるミイラ作りの名で知られている古代エジプトの遺体保存の方法です。エジプトにおいては、専門の神官たちがこの作業にあたったと言われています。

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その後も人類は時代時代の宗教観や政治状況にあわせてエンバーミングの技術を発展させていきました。特にキリスト教の影響で土葬が中心だったヨーロッパではエンバーミングの技術はなくてはならないものとされ、専門技術者としてエンバーマーたちは尊ばれてきました。

一方、日本においては納棺にまつわる仕事が体系化されたのは20世紀になってからと言われています。これは仏教の影響による火葬が日本の葬儀の中心だった為、ご遺体を保存する技術の必要性があまり高くなかったためです。

「死に化粧」などの文化はありましたが、それが専門職業になるまでには需要が高まらなかったということでしょう。

しかし、そんな日本の状況がある事故によって一変します。
日本海難史上最大の惨事と言われる、「洞爺丸沈没事故」です。

 

史上最大の海難事故 そして日本の納棺師のはじまり

洞爺丸は総トン数3800トン、旅客定員932名の巨大客船です。
終戦間もない1946年に起工され、本州と北海道を結ぶ青函航路などに就航していました。

当時は戦争で多くの輸送船を失った直後であり、日本は慢性的な船足不足の状況でした。しかも外国で戦った兵士たちの復員、疎開先からの帰省などの需要もあり、いくら船があっても足りないような状況です。
そこで日本は空襲で座礁していた輸送船「昌慶丸」を急遽海底から引き上げ、突貫工事で修理したのち「洞爺丸」として新たに任務に就かせたのです。

しかし元が沈没船であった上に、戦後の混乱期の資源も人材も足りない状況で作られた洞爺丸は決して頑健とは言えないような船に出来上がってしまいました。

機工からわずか8年後の1954年9月26日、巨大台風の影響により函館港付近で座礁した洞爺丸は、船員の努力もむなしく沈没してしまいます。

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乗客乗員あわせて1337人のうち1155人が死亡。
海運需要の高まりと船不足から定員オーバーで海を渡っていた洞爺丸は、日本の海運史上最悪と言われる数の犠牲者を出してしまいます。

岸から近い箇所での事故だったこともあり、函館の海岸には無数の被災遺体が打ち上げられました。

突発的に多くの方が亡くなったことで、函館の葬儀社はパニックに陥ります。
とても人手が足りない、このままではご遺体を十全な状態で遺族に引き渡すことができなくなってしまう。

そこで葬儀社は、函館の地域住民に助けを求めました。
仏様の管理、身分の確認、ご遺族への引き渡しなど、今まで葬儀社が行っていた業務に外部の手を借りるようになったのです。

この一件がきっかけで、日本に「納棺師」という職業が生まれたと言われています。

それまでは葬儀社や医療従事者や副次的に行っていた仏様に対するケアを、専門の仕事として扱う職業が生まれたのです。

 

「おくりびと」たちの日々の仕事

それではここからは、納棺師のみなさんが日々どんな仕事をしているのか紹介していきましょう。

納棺師にとって業務の中心になるのは、やはり仏様への最後のお化粧、お色直しになります。葬儀社からの連絡を受け取り、ご遺体の安置場所に向かう。そして仏様の状態・外見を整えるためのあらゆる業務に従事します。

・腐敗の進行を抑えるための防腐処理
・仏様の最後のご入浴(湯灌)のお手伝い
・仏様へのお化粧
・着付け
・髭や髭や爪などの整理

などなどその業務は多様です。

さらに「修復」という大切な仕事もあります。

仏様は誰もが大往生というわけではありません。

交通事故、孤独氏、自殺など、痛ましい姿のご遺体も少なくありません。

そういった仏様に立ち会うのも、納棺師の大切な仕事です。

縫合を施す、包帯で傷跡を覆う、髪の色を染める、そういった施術を通して、仏様の状態を整えます。

そうして整えられた仏様は、生前のお姿を取り戻します。

お葬式で面会するご遺族やご友人が最後のお別れをするとき、仏様が生前のお姿を保っているのはどんなに慰めになるでしょうか。

最後のお別れの時、しっかりと「さようなら」「ありがとう」を言える、花を手向けることができる、そういったひとつひとつが残された遺族の心を癒やします。

納棺師というのは、仏様を通じて遺族の心を慰める仕事でもあるのです。

 

納棺師に敬意と感謝を

映画「おくりびと」では主人公が納棺師という仕事に就くことで、多くの人から差別的で心ない言葉を浴びせられていました。

恋人からは
「そんな汚らわしい仕事は辞めて」
と乞われ

友人からは
「もっとましな仕事に就け」
忠告され

見知らぬ人からさえ
「この人みたいな仕事して一生償うのか?」
と指さされます。

日本には「死にまつわる仕事は穢れている」という偏見が古くから存在します。
映画「おくりびと」で描かれるこれらのシーンも、そういった考え方を元にしたものでしょう。

映画の中で主人公がこれらの偏見に対しどう立ち向かったかは映画を見ていただくとして、納棺師という仕事に関してひとつ確実に言えることがあります。

それは
納棺師は、死者を弔うことによって、生きている人間の心を慰めている
ということです。

死者の尊厳を守ること、死者の面影を残すこと、死者を尊重し祀ること、これらは死者の為だけに行われるのではありません。

残された遺族や友人の心を慰め癒やすために、

彼らが故人の死後も明日に向かってがんばれるように、

葬儀には、そういった残された者を癒すという側面もまた確実に存在します。

納棺師とは、死者だけでなく、遺族もまた癒やし、励ましてくれる存在なのです。

寿命ある存在である我々はいつか彼らのお世話になるのでしょう。

彼らの仕事に敬意と感謝を持ちつつその日を待ちたいと、私は思います。

この記事を書いたライター

小山 晃弘
小山 晃弘

ブロガー、フリーライター。
セラヴィ」「リクナビNEXTジャーナル」「ASREAD」など、さまざまな商業Webメディアで活動中。
ライブドアブログ OF THE YEAR 2015受賞

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