ぴんぴん、ころり 人間にとって理想の死に方とは

2016/02/22

今の今までピンピン元気で、次の瞬間、コロリとあの世に行ってしまう。

これが「ぴんぴん、ころり」です。

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馬上で死んだ市長さん

T市の市長さんはお馬が大好きでした。

「お馬さん」と言っても、競馬ではありません。オリンピック種目の1つである馬術です。馬術には、障害飛越・馬場馬術・総合馬術があります。

硫黄島で玉砕した西中佐は、1932年のロサンゼルス・オリンピックの大障害飛越で金メダルを獲得しました。(当時は西大尉)

市長さんは西中佐に憧れて、学生時代から乗馬に夢中でした。

 T市では、毎年、春に市民祭りを開催します。

市長さんは八方に根廻しして、市民祭りに乗馬大会を催すことにしました。

あちこちの乗馬クラブに呼びかけて出場者を集めました。元オリンピック選手などによるデモンストレーションも行いました。西欧婦人の乗馬法である「横鞍」も披露しました。「横鞍」を正式に習得した馬術家は、現在、日本には一人しかいません。女優の吉永小百合さんに教えたのも、その女性です。

乗馬大会は大成功でした。デモンストレーションに市民は拍手喝采しました。

 市長さんは大喜び、上機嫌で最終パレードに馬に乗って出場しました。

パレードが始まって間もなく、市長さんが馬から転がり落ちました。

市長さんは馬上で心臓が停止したのです。上機嫌の笑顔のまま、この世を去りました。

 

「乾杯!」と「できた、赤タン!」

ある社長さんは会津生まれで、お酒が大好きでした。

結婚式に招かれて、祝辞を述べ、乾杯の音頭を取ることになりました。

社長さんは満面に笑みを浮かべてシャンパンのグラスをかかげ、「乾杯!」と

元気よく叫びました。そして、シャンパンを飲みほしたとたん、倒れました。

救急車の到着も待たず、社長さんは亡くなりました。

 

Y氏は大企業の取締役でした。大企業を定年退職した後、あちこちの子会社の役員をして、70歳を過ぎて悠々自適の生活に入りました。

ゴルフが大好きで、友人達と誘い合ってゴルフ場に出かけていました。

その日は調子も上々で、Y氏は鼻高々で帰宅しました。厚いトンカツに冷えたビールというお気に入りの夕食を済ませ、寝室に引き揚げました。

夫人が寝室に入った時には、Y氏は床の上で冷たくなりかけていました。

 

T市の市長さんも、お酒の好きな社長さんも、Y氏も、多少血圧が高いとか、肝機能が少し落ちているとか、血糖値がやや高めとか、70歳過ぎた人間にありがちな健康上の問題を持っていましたが、日常生活には全く支障がありませんでした。「元気な年寄り」の典型で、毎日を意欲的に楽しく過ごしていました。

まさに「ぴんぴん、ころり」です。

 

私の曾祖母は、江戸っ子でした。下町の商家の生まれで、「花札」は、カルタや百人一首同様の遊び事でした。今流行のゲームのようなものです。

曾祖母は家族と花札をするのが好きで、正月の夜など、遅くまで遊んでいたそうです。

その夜、曾祖母は「できた、赤タン!」と叫ぶなり、亡くなりました。

我が家では「理想の死に方」として言い伝えられています。

「できた、赤タン!」には、曾祖母の達成感と満足感が溢れています。人生の最期の瞬間に、「何かを成し遂げた」という満足感を得られるとは、なんという幸福でしょう。

 

乗馬大会を成功させた市長さんも、ハイスコアを出したY氏も、シャンパンを飲みほした社長さんも、達成感と満足感を得て、亡くなりました。

「ぴんぴん、ころり」の中でも最高ランクです。

 

遺族に迷惑をかけるけれど・・・

「ぴんぴん、ころり」で一番困るのは、「不審死」として警察が介入してくることです。場合によっては行政解剖が必要となり、葬儀が遅れることもあります。

息が絶えているとわかっていても、冷たくなりかけていても、とにかく病院へ運ぶといいようです。病院で医師が「○○」と死亡診断書を書いてくれれば、面倒が少ないと言います。

「別れる」覚悟など微塵もありませんから、遺族のショックは言葉に表せないほど大きくなります。もちろん、遺言もなしで、相続が面倒になることもあります。借金があるのか、相続財産があるのか、手探り状態です。

 

しかし、癌や心筋梗塞・脳梗塞などで入退院を繰り返すのは、心身ともに耐え難い苦痛となります。

「今度は、自宅に戻れないかもしれない」と思いながら入院するのです。医療費が高額になれば、預金残高も心配になります。

何よりも、じわじわと近づく死を待つのは、あまりにも残酷です。

 

「認知症になってしまえば、何もわからなくなる」と言う人もいます。

しかし、「何もわからない」状態に至るまでの、いらだち、あせり、もどかしさは、言いようがありません。水が手の中からこぼれ落ちるように、記憶や判断力が消え失せる恐怖は、想像することもできません。

 

入退院の繰り返しも、認知症も、長期間、家族に迷惑をかけます。

「ぴんぴん、ころり」で逝く場合は、一時的に大迷惑をかけますが、短期間で解消してしまいます。

遺族としても、ショックが収まれば、「ああ、よかった」と考えるようになります。「苦しまずに逝った」「死の恐怖を知らずに逝った」「満足して逝った」ことは、この上なく幸福です。「故人が幸福に逝った」と思えば、遺族の悲しみも薄らぐことでしょう。

 

食べたい物を食べ、したいことをして、行きたいところへ行く。これが「生きている」ということです。「ぴんぴん」とは、こういう状態です。

「『ぴんぴん』していて、眠っているうちに心臓が停止する」

これが、私の理想です。

「できた、赤タン!」と叫ばなくても、幸福な世の去り方だと思います。

「ぴんぴん、ころり」のために、日頃から健康に気をつけようと考えています。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。