うつ病の娘を抱えて【前編】

2016/02/24

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いい子の変貌

Aさんは裕福な家に生まれ、短大を卒業後、すぐお見合して、結婚しました。一人娘なので婿養子に来てもらいました。

なかなか子宝に恵まれず、AさんもAさんの両親も気をもみましたが、結婚5年目に、ようやく女の子が生まれました。

Aさんは娘を可愛がり、大事に育てました。

小学校から名門私立女子校に入れました。大学まで続いているので、受験勉強の苦労をしないですみます。

娘は「いい子」でした。

どちらかといえば、おとなしい子供で、成績も悪くありません。先生から注意を受けるようなこともなく、無事に大学まで進みました。

大学を卒業すると、父親のコネで就職し、お茶やお花、料理に洋裁など花嫁修業に励みました。

Aさんは、両親や親戚に頼んで娘の結婚相手を探しました。

あちこちから縁談が持ち込まれ、娘は、何人かとお見合をしました。しかし、縁談はなかなかまとまりません。

娘の方から断ったケースもありますが、たいてい、男性側から断られます。

理由は、はっきりしません。

縁談を世話する仲人おばさんは、「おとなしすぎて、陰気に見えるらしい」と、言います。中には「足が太いから、男性に嫌われる」などと言う人もいます。

それでも、娘は、お見合を続けました。

26歳を過ぎる頃から、娘はイライラすることが多くなりました。

今まで母親のAさんにどなったりすることはなかったのですが、ちょっとしたことでAさんにどなり散らしたり、泣きわめいたりするようになりました。

「眠い」「だるい」と言い、仕事のミスが続出し、会社も休みがちになりました。

ついに会社を辞め、家に引きこもりました。

 

娘はうつ病?

娘は、いくら寝ても眠りが足りないようです。全身がだるく、「手足が重たい」と言い、ちょっと身体を動かしただけで疲れてしまいます。

食欲はありすぎるほどで、特にチョコレートには目がありません。

Aさんがショッピングや食事に誘うと、楽しそうについて来ますが、たいていは、自室に閉じこもっています。泣いていることもあります。

ある晩、娘は自室で手首を切り、救急車で病院に運ばれました。

娘は「神経症性うつ病」と診断されました。「抑うつ神経症」とも言われます。現在では「非定型うつ病」「新型うつ病」と呼ばれ、20代から30代の女性に発症しやすい精神疾患です。

ふつう、「うつ病」は40代から50代にかけて発症することが多く、症状も非定型うつ病とは、かなり異なります。

Aさんの「うつ病との戦い」が始まりました。

治療は、薬物療法と心理療法でした。家族の対応も治療の一環です。

娘は自分で自分を持て余し、助けを求めて自傷行為をくり返しました。Aさんは娘から目を放すことができません。

幸い、治療の効果が上がり、娘は、少しずつ穏やかな日々を取り戻しました。

再就職はできませんでしたが、お稽古事を再開し、友人達と出かけるようにもなりました。

友人の紹介で男性と交際を始め、ついに結婚しました。

娘は30歳を過ぎていました。Aさん夫婦は不安を抱えながらも喜びました。3年後には子供(女児)も生まれ、娘は幸福そうに見えました。

 

うつ病の再発

しかし、出産と育児が娘には大きすぎる重荷となったのか、娘は再びイライラするようになりました。

娘は夫に暴言を吐き、泣きわめきました。姑に電話をかけて「離婚する」と叫び、生後半年の子供を抱えて実家に戻って来ました。

Aさんの恐れていたことが現実となりました。「うつ病」が再発したのです。

娘は「うつ病の再発」を認めませんでした。病院へ行くことも嫌がりました。

しかし、症状は日毎に悪化します。赤ん坊の世話もちゃんとできないので、夫のところへ返すわけにもいきません。Aさんが娘に代わって、赤ん坊を育てました。

Aさんは60歳になっていました。うつ病の娘と赤ん坊の2人の面倒を見るのは、重労働です。

娘の夫は、うつ病を患っていたことを承知で結婚したのですが、実際に娘の異様な様子を見ると、恐れをなしたようです。

娘ともAさん夫婦とも何度も話し合った結果、「離婚したい」と言い出しました。Aさん夫婦は娘を説得して離婚させるしかありませんでした。

子供は、Aさん夫婦が引き取って育てることにしました。

娘の病状は一進一退をくり返しました。

「うつ病」の原因・メカニズムは、いまだに、はっきりしていません。しかも、完治したと見えても、再発することが多いのです。

Aさんの娘のような「非定型うつ病」は完治が難しいと言います。治療法も、従来知られている「うつ病」とは、少し異なります。

医者は娘に「規則正しい生活をするように」と言います。

娘は自分の心と生活を建て直すのに精いっぱいで、赤ん坊まで手が廻りません。抗うつ薬を飲んでいるので、母乳を与えることもできません。

Aさんは、孫にミルクを飲ませ、離乳食を作り、あやし、話しかけ、寝かせつけます。その間も、娘の行動を見張ります。うっかりすると、娘は手首を切るなど自傷行為に走るのです。

Aさんは心身ともに疲れ果てました。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。