葬儀はキリスト教でしてほしい

2016/03/01

昔は、「結婚式は神式、葬式は仏式」が当り前でした。

今は、キリスト教式の結婚式を挙げるカップルが多くなりました。

 結婚式だけではありません。葬儀もキリスト教式を望む人が増えています。

そうなると、お墓はどうなるのでしょう?

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祈りと讃美歌

H夫人は卵巣癌が進行し、ついにホスピスに入ることになりました。

ホスピスはキリスト教系が多いものですが、H夫人が入院したホスピスもキリスト教系でした。毎朝、礼拝の時間もあり、牧師様が病室を見舞うこともあります。もちろん、礼拝に出る・出ないは本人の自由です。

H夫人は牧師様と話すことが楽しみのようで、ついに洗礼を受けました。葬儀もキリスト教式を望みました。

「天国へ行けるように、牧師様にお祈りして頂きたいの」

H夫人に言われて、夫のH氏は大いにとまどいましたが、望み通りにキリスト教の葬儀を行いました。

 W夫人は3歳から祖母に連れられて教会に通い、学校もキリスト教系でした。

ですが、結婚式は日本神道式で挙げましたし、嫁いだ家には菩提寺も立派なお墓もありました。舅・姑は仏式で送り、年忌の供養も欠かしませんでした。

ところが、W夫人は心筋梗塞の発作を起こして入院すると、「私が死んだら、讃美歌で送ってほしい」と言い出したのです。

「讃美歌の『主よ、身元に近づかん』を歌ってもらったら、天国へ行けるような気がするの。わけのわからないお経を唱えてもらっても、天国へ行けないわ」

W夫人は、ふだんから、よく讃美歌を口ずさんでいましたから、娘も息子もそれほど驚きませんでした。

W夫人は、洗礼も牧師様のお祈りも望まなかったので、ただ讃美歌を歌うだけの葬儀になりました。W夫人の大好きだった讃美歌を次々と歌い、「主よ、身元に近づかん」を聞きながら出棺しました。

 

お墓に入れない?!

このように、最期が近づくと、人間はいろいろ考えるようです。キリスト教だけに限らず、ある宗教に入信することもあれば、むしろ無宗教の葬儀を望むこともあります。

逝く者の望みは、できるだけ実現したいものですが、お寺によっては面倒なことになります。

 宗派や寺格にもよるのでしょうが、菩提寺とは異なる宗教・宗派で葬儀を行うと、先祖代々の墓に入れないことがあります。

H家もW家もキリスト教葬儀でしたから、初めから菩提寺の墓に入ることは諦めていました。

「キリスト教で葬儀を行い、仏教寺院の墓に入る」のでは、あまりにも信仰心を馬鹿にしています。キリスト教葬儀を望んだ死者の魂のためにも、別の納骨方法を考える方がいいでしょう。

 W家では、父親は従来の菩提寺で葬儀を行い、その墓地に納骨していました。

W夫人が亡くなって半年後、息子と娘は父親の墓参りをしたついでに、菩提寺S寺の住職に母親の死を報告しました。

すると、S寺住職は憤然として「葬儀をS寺でやり直すように」求めました。

「S寺で葬式を出さない限り、絶対に墓を開けさせない」と言うのです。

「母は洗礼こそ受けていませんでしたが、心はクリスチャンでしたから・・・」

「納骨は望まない」と言いかける息子をさえぎって、

「信仰とは関係ありません!そういう決まりなんですよ。この寺で葬儀を行わない限り、この寺の墓には入れないのです!」

住職は一歩も退かない構えです。

もちろん、葬斎場で行う場合、S寺から住職や僧侶を招いて葬儀を執り行ってもらえば問題はありません。

 S寺と同じ宗派の寺院で葬儀を行っても、S寺で葬儀をやり直さなければ、S寺の墓に入ることはできません。

どの宗派にも総本山という寺院があります。浄土真宗本願寺派ならば京都の西本願寺、曹洞宗の大本山は永平寺、天台宗なら比叡山延暦寺です。

しかし、S寺の総本山とされる寺院で葬儀を行っても、S寺の墓には納骨できないのです。S寺で葬儀を行わなければ、だめなのです。

「つまり、葬儀をやり直して、お布施が入ればいいと言うことか・・・」

息子と娘は唖然として、言葉も出ませんでした。

 

葬儀をやり直すか、別の墓を建てるか・・・

どれだけ覚悟していても、いざ肉親に別れるとなると、だれでも動揺します。葬儀社と相談するだけで手いっぱいで、納骨のことまで頭が廻りません。

納骨する段になって、初めて難問に直面することになります。 

「キリスト教でも、日本神道でも、お好きなように葬儀を行ってください。この寺で葬式をやり直して頂けるなら、ちゃんとお墓に入れてさしあげます。ですが、当院で葬儀をなさらないとなると、納骨は絶対に許しません。それに、今後のお付き合いにも、差し障りが出るやもしれません」

こう言われては、選択肢は2つに限られてしまいます。

 1つは、葬儀を菩提寺でやり直し、それ相応のお布施を納めて納骨します。戒名ももらうことになります。

菩提寺ともめることもなく、最も無難な方法でしょう。

また、仲のいい夫婦なら、別々の墓に入るのは望まないと思われます。

 ですが、それでは、他の宗教・宗派で葬儀を行うことを望んだ、死者の信仰はどうなるのでしょう?葬儀のやり直しが、死者の供養になるのでしょうか?

無宗教の葬儀を望んだ場合は、気にすることはないかもしれません。しかし、死者が信仰に従って葬儀を選んだ場合は、死者の信仰を無視できません。

信仰に従えば、別にお墓を建てて納骨することになります。

 お寺さんの中には、融通の利く住職さんも少なくありません。

菩提寺とは異なる宗教・宗派の葬儀を望むなら、事前に相談する方がいいでしょう。ただ、それでも容易なことでは、ありません。

 いずれにしろ、死者の気持ちを第一に考えることが何よりの供養になります。

「死者が満足して、天国なり極楽なりに行った」と思えば、遺族の悲しみも多少和らぎます。

家族といっしょのお墓に入るか、それとも、信仰に従って別のお墓に入るか?「どちらを、死者が喜ぶか?」が、大事なのです。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。