お風呂場は怖い

2016/03/02

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年は取っても、美女は美女

Gさんは、少女の頃から美人で知られていました。

母親がドイツ人とのハーフだったので、Gさんは、その美貌をそっくり受け継いだのです。

 父親は裕福な貿易商で、母方の親戚はもちろん、父親の友人知人も外国人が多く、Gさんは英語・ドイツ語・フランス語を流暢に話しました。一番苦手だったのが日本語です。

第二次世界大戦中は苦労しましたが、終戦と同時に昔の生活が戻りました。

Gさんは20歳の時にヨーロッパに遊学し、そこで結婚しました。相手はイギリス人でしたが、数年後には離婚して、Gさんは日本に帰って来ました。

 まだボランティア活動などする余裕のない時代でしたが、Gさんは欧米人の友人達と動物愛護団体を創立したり、キリスト教宣教師の世話をしたり、活躍しました。

趣味の乗馬やゴルフ、社交ダンスなども楽しみました。

70歳を過ぎても、Gさんの美貌は衰えず、動物愛護団体のチャリティパーティでも目立つ存在でした。背筋をピンと伸ばしたスラリとした姿に、ディオールのドレスやシャネルのスーツがよく映えました。

 

お風呂場で滑った

Gさんは大の犬好きでしたから、いつでも2~3匹の犬を飼っていました。

小さな洒落た洋風の一軒家に独りで住んでいましたが、犬に囲まれていれば寂しくありません。

80歳近くなって、椎間板ヘルニアを患いました。腰痛がひどく、家事をするのも一苦労です。通いの家政婦さんに来てもらうことにしました。

 腰痛は悪化するばかりで、家の中でも杖が放せなくなりました。

それでも気丈なGさんは車椅子などに乗るつもりはありません。「自分のことは自分でする」「できることは、助けを借りないでする」をモットーに、犬の世話も今まで通り自分でしました。

 11月も半ばを過ぎると、急に寒くなります。

その寒い晩、Gさんは湯船を出ようとして、足を滑らせました。

湯船にひっくり返りましたが、幸い西洋風のバスタブで、頭が沈みこむことはありませんでした

Gさんは必死でもがき、立ち上がろうとしますが、足が動きません。滑った時に、どこか傷めたのでしょう。風呂場ですから電話もなく、助けを呼ぶこともできません。喚いても叫んでも、犬達が吠え立てるだけです。

 翌朝、家政婦さんが出勤すると、3匹のダックスフントが風呂場の前にうずくまって、鼻を鳴らしていました。

家政婦さんが発見した時には、Gさんは冷え切って意識も朦朧(もうろう)としていました。

 救急車を呼び、病院に運びました。

家政婦さんの連絡を受けて、Gさんの弟が駆けつけましたが、Gさんは肺炎を発症して集中治療室に入り、面会することもできません。譫言(うわごと)のようにつぶやくのは、3匹の犬達のことばかりです。

 Gさんは、そのまま病院で亡くなりました。84歳でした。

弟さんへの遺言は「3匹のダックスフントを安楽死させて」だけでした。子供のように愛した犬達の生末を案じた挙句、到達した結論なのでしょう。

 

お風呂場で心臓発作

Sさんは75歳になったばかりで、元気いっぱい、活動的な女性です。

一人娘は結婚して、電車で1時間半程度の町に住んでいます。3年前に夫を亡くしましたが、1年経つとショックから立ち直り、仲のいい友達と旅行に行ったり、食べ歩きをしたり、独り暮らしを楽しみ始めました。

食欲は旺盛で、夜もぐっすり眠れます。老眼になったくらいで、具合の悪いところなど1つもありません。

 娘さんは毎日電話をかけてきて、Sさんとおしゃべりします。

 娘さんは一人っ子の甘ったれで、結婚してからも、何かというと実家に戻って来ました。子供が生まれてからも、ちょくちょく実家を訪れていました。

しかし、子供が幼稚園に入る頃から、訪れる回数が減りました。幼稚園のお母さん達とのお付き合いで忙しくなったのです。

子供は小学生になり、娘さんはPTAの役員に推されました。娘さんは、実家に帰る暇がなくなり、代わりに、毎晩、電話をかけてきました。

 Sさんは「老け込む年齢ではない」と思っていますから、「寂しい」とか「孫の顔をもっと見たいよ」などとは、一言も言いませんでした。

ただ、娘さんからの電話を楽しみにして、電話がかかる前にお風呂に入るようにしていました。

 その日も、Sさんは夕食を終えると、早々にお風呂を焚きました。

湯船に身を沈めたとたん、何かが起きました。Sさんは湯の中にのめりこみました。

 娘さんは、いつもの時間に電話をしましたが、応答がありません。

(変ねえ。お母さん、また旅行にでも行ったのかしら?)

首を傾げているところへ、PTAの仲間から電話が入り、娘さんはS夫人のことを忘れてしまいました。

翌晩も、Sさんは電話に出ません。携帯電話にかけても呼び出し音が鳴るばかりで、留守番応答になってしまいます。

3日間、固定電話も携帯電話も通じないので、娘さんは心配になりました。旅行に行っているにしても、携帯電話には出られます。

 4日目の午前中、娘さんは久しぶりに実家を訪れました。

家の中はしんとしていました。

 ふと異臭に気づいて、お風呂場をのぞきました。

その時、浴槽で見たものを、娘さんは一生忘れることはないでしょう。

Sさんは湯の中で心臓発作を起こして亡くなったのです。

 自動風呂ですから、何時間かするとガスの火は消えましたが、娘さんが発見するまでの3日間、Sさんの遺体は水につかったままでした。

 娘さんはノイローゼ気味になり、今でも心療内科に通っています。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。