不動産屋に騙されて【前編】

2016/03/15

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独りぼっち

Aさんは86歳になります。

東京の下町に貸しビルを一棟持っていました。

Aさんは、昔、下谷の芸者でした。戦前から戦後間もない頃まで、下谷は花街として賑わったものです。

Aさんは下谷でも評判の美貌で、しかも、踊りの名手でした。全盛期には、新橋や赤坂から引き抜きに来たと言います。

いい旦那がついていて、亡くなる前に持ちビル一棟をAさん名義にしてくれました。

Aさんは40代半ばで芸者をやめました。

時代が変わり、お座敷遊びをするお客が減り、下谷の花街はだんだんすたれていきました。Aさんの踊りを喜ぶお客がいなくなったのです。

貸しビルの賃貸料が入るので、生活には困りません。

まだお母さんも達者だったので、母娘2人で熱海や伊香保の温泉を巡り、京都の桜や紅葉を眺めに出かけました。好きな踊りや長唄など芸事の師匠についたり、近所の人達に踊りを教えたりもしました。

貸しビルの近くにある小さな二階家で、母娘は楽しく暮らしました。

 Aさんが62歳の時に、お母さんは亡くなりました。84歳でした。

それ以来、Aさんは独りで暮らしました。

 近所には、幼馴染(おさななじみ)が沢山住んでいたので、寂しいことはありませんでした。かわりばんこに訪ねて来て、おしゃべりに花を咲かせます。男友達は、お酒の好きなAさんを飲みに連れ出してくれました。

 ところが、下町はどんどん変わっていきました。下谷の花街が廃れただけではなく、庶民が生活しにくい場所になっていきました。

Aさんの幼馴染の多くが商売を畳んで、郊外に引っ越しました。

Aさんが70歳を過ぎる頃から、男友達は1人2人と減り始めました。あの世に越してしまったのです。

いつの間にか、Aさんは寂しさを感じるようになりました。

 

新しい友達

Aさんは新しい友達を作りました。

新しい友達のほとんどが、Aさんのビルに入っているテナントさんでした。

テナントさんの中には、スナックや居酒屋の経営者がいました。Aさんは、そのスナックや居酒屋に毎晩出かけました。

時には、お稽古仲間などを連れて行きますから、大歓迎されました。もう寂しいことはありません。昔のように賑やかな日々が戻りました。

親しくなると、Aさんが支払う飲食代と家賃を相殺するようになりました。家賃の支払いが遅れることもありましたが、Aさんは催促もしませんでした。

しかし、テナントさんは入れ替わります。

商売がうまくいかず、店を閉める人もいます。もっと条件のいいビルに移る人もいます。

Aさんの新しい友達は、長続きしないのです。

Aさんが80歳を過ぎる頃から、ビルは老朽化が目立つようになりました。

4階建てのビルで、一応エレベーターはついていますが、空調設備や水廻りなどが古くなり、しょっちゅう修理が必要になりました。外見も古びて、あまり見栄えがしません。

テナントさんが出てしまうと、新しい借り手が見つからず、空き室が増えていきました。

Aさんの収入は減るばかりなのに、修繕費は増える一方です。

仲介を頼んでいる不動産屋は、Aさんが貸しビル業を始めた時からの付き合いです。

「新しいテナントを早く探して」と催促しますが、なかなからちが明きません。

社長1人で何もかもやっているような下町の小さな不動産屋ですから、顧客情報が乏しかったのでしょう。

 「新しい不動産屋を頼んだ方がいい」と、勧めてくれる人もいました。Aさんは「義理が悪い」と遠慮して、不動産屋を変える気になれません。

ぐずぐずしているうちに、3分の1が空き室になってしまいました。

ついにAさんは、もう1軒、不動産屋を頼むことにしました。

 

家賃滞納

新しい不動産屋は活動的でした。

社員も3人ほどいて、手広く商売しています。空き室は新しいテナントで埋まっていきました。Aさんは大満足で、新しい不動産屋に一任するようになりました。

また新しい友達ができました。

1階のメガネ屋さんで老眼鏡を作り、2階のアートメイクの店で眉毛とアイラインを入れました。

眉毛タトゥもアイラインタトゥも、施術はかなり痛く、術後は瞼(まぶた)が腫れあがりました。でも、これも「友達付き合い」と思って我慢しました。

 3階の1室を借りている輸入雑貨屋さんとは、特に親しくなりました。

雑貨屋の社長は、Aさんを誘って、近所の寿司屋や天ぷら屋へ出かけました。

居酒屋やカラオケスナックにも行きました。おごったり、おごられたり、気楽な付き合いです。

Aさんは雑貨屋さんの好意に甘えて、病院に行く時や荷物が多い時など、自動車で送ってもらうこともしばしばありました。雑貨屋の社長は、いつでも快くAさんの頼みを聞いてくれました。

 ところが、この輸入雑貨屋さんの家賃が滞納するようになったのです。

今までにも、家賃が1ヶ月2ヶ月遅れることがありましたが、「飲み友達」に催促するのも気まずくて、何も言わないでいると、支払ってくれたものでした。

それが半年、1年になると、さすがにAさんも放っておけなくなりました。

不動産屋に相談すると、「家賃の取立て」を引き受けてくれました。

 不動産屋に言われて、雑貨屋の社長は家賃を支払いました。ただし、全額ではありません。滞納した分はそっくり棚上げして、半月分程度を払ったのです。

「払う意志があるから、追い出すことはできない」と、不動産屋は言います。

しかも、雑貨屋さんは平然としてAさんを飲みに誘い出します。飲み友達を失うのが怖くて、 Aさんも強いことが言えません。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。