不動産屋にだまされて【後編】

2016/03/16

1f734ef4f7c8734687062d0b8d2a6c72_s

収入源がお荷物になる

貸しビルは、Aさんのお荷物になりました。

 輸入雑貨屋の社長は相変わらず親切で愛想もいいのですが、家賃をきちんと支払ってくれません。2ヶ月に1度か3ヶ月に1度、半月分を振り込むだけです。Aさんは不動産屋に文句を言っても、雑貨屋さんには何も言えません。

雑貨屋さんに誘われると、上機嫌で飲みに出かけていました。

 また、空き室が増えてきましたが、老朽化の目立つビルには借り手がつきません。不動産屋は、Aさんに「ビルを売ってはどうか?」と言い出しました。大手企業が、この辺一帯の再開発を計画しているのです。

貸しビルはAさんの唯一の収入源です。「ビルを売れば大金になるが、使いきってしまえば一文無し」と、Aさんは不安になります。それに、「新しい友達」と別れるのも、寂しくてたまりません。

Aさんは、不動産屋にビルの売却を断りました。

 不動産屋が、ようやく新しいテナントを見つけました。

マッサージ屋で、3階の一番広い部屋に入りました。

Aさんはマッサージが大好きですから、大喜びです。ちょくちょくマッサージに出かけて、「友達」になるつもりです。

 ところが、このマッサージは、いわゆる「風俗系のマッサージ」でした。マッサージをするのは、中国系・東南アジア系の若い女性ばかりです。

Aさんは、開店早々、お祝がてらマッサージに行きました。マッサージの女性は下手くそで、日本語もたどたどしく、Aさんはがっかりしました。それから2度と行きません。

 

とんでもないテナントさん

1ヶ月も経たないうちに、警察が入りました。売春容疑だったようです。

「マッサージ屋の社長は暴力団関係らしい」と、雑貨屋の社長が教えてくれました。Aさんはびっくり仰天、不動産屋に文句を言いましたが、「知らなかった」の一点張りです。

 マッサージ屋は閉店しましたが、借主の男性は出て行きません。「事務所として使用する」と言い張ります。賃貸契約は3年間ですから、家賃をきちんと支払っている限り、追い出すことはできません。

代わりに、他のテナントさん達が出て行くようになりました。メガネ屋さんも移転先を見つけて引っ越しました。「暴力団関係者」という噂を恐れたのです。

残っているのは、雑貨屋さんとアートメイク、一軒の事務所だけになってしまいました。

 噂が流れたためか、新しいテナントさんが入りません。

家賃収入は激減し、Aさんは不安がつのるばかりです。

病気知らずできたのに、風邪をこじらせて寝込んだり、転んで足首を捻挫したり、災難が続きました。身体が弱ると、気力も失せます。

 Aさんは85歳になり、日毎に寂しさがつのります。

家にひきこもって、遊びに出歩くこともなくなりました。たまに近所の人が訪ねてくれますが、定期的に顔を出すのは不動産屋の社長だけでした。

 不動産屋は、再びビルの売却を勧めました。

Aさんも、貸しビル経営がほとほと嫌になっていましたから、不動産屋の勧めに従い、ビルを売ることにしました。

 

ビルは売れたけれど・・・

売却が決まると、残っているテナントさん達が騒ぎ始めました。

「契約違反だ」と言うのです。「損害賠償」も求められました。

確かに、契約期間中に退去を求めるのは契約違反ですから、違約金を支払う必要があります。また、アートメイクなど、そこで商売をしていれば、移転することで損害を被ることもあります。

ただ、家賃滞納の雑貨屋や、店を閉めてしまった元マッサージ屋まで損害弁償を求めるのは、少しおかしな話です。

 不動産屋の社長は、「買手の大手企業と相談して、弁護士を頼み、法律に則って処理します」と、言います。Aさんはほっとしました。

 ビルは売却できました。

しかし、Aさんの手に入ったお金は、最初の話の半分近くに減っていました。

違約金や立退料、損害賠償金、弁護士費用などが差し引かれたのです。また、足下を見た買手企業がかなり値切ったようです。

それでも、Aさんが老後を送るには、十分な金額でした。

 半年後、Aさんは久しぶりにメガネ屋さんに会いました。眼鏡の具合が悪くなり、新しく誂えに行ったのです。

その時、メガネ屋さんが思いがけない話をしました。

 「不動産屋と元マッサージ屋の社長、輸入雑貨屋の社長は極めて親しい間柄だった」と、言うのです。

雑貨屋の経営が苦しくなると、「家賃を滞納して、少しずつ払う」方法を教えたのは、不動産屋でした。元マッサージ屋は暴力団とは無関係で、不動産屋が噂を流しただけでした。

「どうしてもAさんのビルを手に入れたい」と言う大手企業のために、不動産屋が、ビル売却にAさんを追い込んだのです。目的のビルを相場より安く購入できたので、大手企業は不動産屋に礼金をはずんだようです。

不動産屋に協力した雑貨屋も元マッサージ屋も、甘い汁にありつきました。

しかし、すべて合法的に行われたので、今さらどうすることもできません。

 メガネ屋さんはアートメイクさんから事実を教えられて、大いに驚いたそうです。しかし、Aさんのショックは、比較にならないほど大きいものでした。

 信頼し、親しくしていた人達に裏切られて、Aさんは世の中がわからなくなりました。認知症が発症し、急速に進行しました。

近所の知人が心配して区役所に知らせ、Aさんは有料介護付き老人ホームに入ることになりました。

 Aさんは寂しかっただけなのです。友達と楽しく賑やかに過ごしたかっただけなのです。

区役所の人達が親切に迅速に動いてくれたことが、せめてもの救いです。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。