同居を拒み続けた母親の最期

2016/03/18

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独り暮らしは気楽でいい

Eさんには3男2女の5人の子供がいました。

中堅企業の経理部長だった夫は15年も前に亡くなりましたが、5人の子供達はそれぞれ一家を構え、平穏に暮らしています。おかげで、孫が10人、曾孫も2人できました。

子供達の家はEさん宅から遠く、一番近い三男の家でも電車で1時間かかります。長男も次男も三男も、Eさんに同居を勧めました。

しかし、Eさんは住み慣れた家から離れる気になれません。近所には、気の合う友達がたくさんいます。

Eさんは80歳を過ぎても、独り暮らしを続けました。息子の家でお嫁さんに気を遣いながら暮らすより、ずっと気楽です。

夫の遺産と遺族年金で、Eさんがつましく暮らすには何の不自由もありません。孫達にお年玉を奮発するくらいのことはできます。

町内会の旅行や観劇会にも積極的に参加しました。

Eさんは子供の頃から健康で、大きな病気をしたこともありません。

70歳を過ぎると、血圧やらコレステロールやら、気になる数値も出てきましたが、薬さえ飲んでいれば大丈夫です。血糖値が高くないので、大好きな甘い物を制限しなくてすみました。

けれど、年々、体力が落ちていくのを感じていました。

少し遠い店まで買物に行くと、足が痛くなります。階段を上り下りすると、息がきれます。掃除や洗濯も、つい手を抜くようになりました。

息子達も娘達もEさんのことを気遣いながらも、それぞれの生活に忙しくてEさんを訪ねる暇がありません。

時々電話で様子を尋ねますが、Eさんは決まって、「元気だよ」と応えます。

年に1回、子供達が集まってEさんの誕生日を祝います。

子供達はEさんの食欲が少しずつ減っていることに気づきましたが、「年だから、食べ過ぎないようにしている」と言われれば、納得する他はありません。

 

ボケ始めても、独りがいい

Eさんは「独りで何でもできる」と言い張りますが、息子達は心配して、週に2回、家政婦さんを雇うことにしました。

Eさんは家政婦さんが来る前日、家の中を大掃除して、汚れ物をすべて洗濯してしまいます。家政婦さんのすることは何もありません。

Eさんは家政婦さんに「お礼」を渡して、早々に帰ってもらいます。

「家政婦さんが来る前に、家の中をきちんと片付けなきゃならないから、大変だよ。来てもらわない方が、楽でいい」

Eさんの言葉に息子達は呆れ果てました。

戦前に教育を受けたEさんは、汚れた家や洗濯物を他人に見られるのが、恥ずかしくてたまらないのです。「だらしない女」と見られたくないのです。

息子達は家政婦さんを雇うことを諦めました。

Eさんの体力は落ちていくばかりでした。

外出するのも面倒になり、家に引きこもって過ごすことが多くなりました。

同時に、記憶があやふやになり始めました。

息子や娘と電話で話していても、受け答えがトンチンカンになります。鍋や薬缶をガスにかけたまま忘れてしまうことも、しばしばあります。

息子達はEさんとの同居を考えましたが、その夫人達は乗り気ではありません。夫人達にすれば、今さら姑と同居するのは、気が重いのです。

まして「ボケ」始めているとなると、介護の大変さを考えて二の足を踏んでしまいます。息子達も妻に強引に承知させることはできませんでした。

「私は元気だし、この家で、独りで暮らしたいんだよ」

Eさんが言い張るので、同居の話は進展しませんでした。

ある冬の朝、Eさんはいつものように早起きして雨戸を開けようとしました。Eさんは毎朝5時に起きて、家中の雨戸を開け、門の前を掃除します。

Eさんは足下がふらつくように思いました。なんとなく奇妙な感じです。

前日、息子や娘の招きに応じて出かけ、中華レストランで食べ過ぎたせいかもしれません。口あたりが良いので、紹興酒を飲みすぎたのでしょうか?

 

開かない雨戸

隣の奥さんは、Eさんの家の雨戸が閉まったままなのに気づきました。

「変ねえ。いつも6時前に雨戸を開けるのに、もう10時になるのに、閉まったままだわ」

「旅行にでも行ったんじゃないか」と、旦那さんは気にも留めません。

「お留守にするときは、ちゃんと声をかけて行くのよ。そりゃあ、きちんとしたお婆さんなんだから」

隣の奥さんは首を傾げながらも、引き下がりました。

しかし、午後になっても、夕方になっても雨戸は閉まったままでした。

翌朝になっても、雨戸は開きません。

隣の奥さんはおせっかいを承知で電話をかけましたが、Eさんは出ません。Eさんの家に行ってみましたが、人の気配はありません。

隣の奥さんは心配でたまらず、ついにEさんの三男に電話しました。緊急連絡先として、Eさんから聞いていたのが幸いしました。

三男さんは飛んで来ました。

鍵を開けて入ると、Eさんは雨戸の前で冷たくなっていました。

脳梗塞を起こして倒れ、寒さで心停止を起こしたようです。

脳梗塞を起こした時点で病院に運べば、あるいは助かったかもしれません。厳寒の一昼夜、放置されたことがEさんの生命を縮めたのでしょう。

Eさんは85歳でした。

「倒れる前の晩、あんなに楽しそうにしていたのに・・・」

60歳近い三男さんは涙が止まりません。

「珍しく料理もよく食べたし、酒も飲んでいたなあ」

「お母さん、幸せだ、幸せだって、何度も言ってたわねえ」

長男と長女は、母親の笑顔を思い出していました。

ある意味では、Eさんは幸せに逝ったのかもしれません。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。