50歳になっても無職【前編】

2016/03/22

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30歳の坊や

S先生は高名な書道家です。

お弟子も大勢いて、あちこちで書道教室を開いていました。

S先生は書道家として生活できる自信がつくと、お弟子の女性と結婚しました。

先生の書道教室に通うお嬢さんで、22歳。お人形のような美人です。

S先生は32歳、10歳年下の奥さんを大事にしました。2年後には息子が生まれ、先生は大喜びでした。

結婚してからわかったのですが、S先生の奥さんは神経質で、潔癖症に近いほどでした。

息子が生まれると、奥さんは病的に細かく気を配りました。

息子は特に虚弱体質というわけではありませんでした。しかし、ちょっとしたことで母親が大騒ぎするので、病院通いが多くなり、医薬品が手放せなくなりました。

奥さんは、娘の頃から「家庭の医学」などをよく読み、「医学知識」を蓄えていましたが、妊娠すると、育児書を片端から読み漁りました。その知識を基にして、医者が閉口するほど、次から次へと問題点を見つけ出したのです。

奥さんは、息子を「坊や」と呼びました。

「坊やは身体が弱いから」幼稚園にも行かせませんでした。小学校は、S先生がコネを使って、近所の中学・高校まで続いている私立校へ入れました。

息子は、よく学校を休みました。軽い咳をしただけでも、奥さんが大事をとって休ませるのです。

一浪して私立大学に入りましたが、二年で中退しました。友人関係で悩み、ノイローゼにかかったのです。

一年半ほど自宅療養をした後、専門学校に通い、出版会社に就職しました。

就職できたのは、S先生が八方へ頭を下げて頼み込んだおかげです。

息子は30歳になりましたが、S先生も奥さんも「坊や」と呼びます。

息子はおとなしい性格ですから、文句も言いません。

 

坊やの独立

S先生は、毎年、銀座の画廊で書道展を開催します。  

個展ではありません。もちろん、先生の作品が出展されますが、お弟子さんの作品展示が中心です。「お父ちゃまは稼ぎが悪いのよ。個展を開くお金なんて、あるわけないでしょ」

奥さんに言われると、S先生は何も言えません。結婚以来、家計はすべて奥さん任せなのです。お弟子から会費を徴収して書道展を開けば、S先生の収入にもなります。出品するお弟子は、S先生に指導料など「お礼金」を包みます。

書道展には、毎回、息子も顔を出して受付などを手伝います。

ある日、受付にいた息子が「ちょっと、コーヒーを飲んでくる」と、言いますと、奥さんが目の色を変えました。

「お食事前にコーヒーを飲んではいけません!胃を悪くしますよ、坊や」

息子は素直にうなずきましたが、聞いていたお弟子達はびっくりしました。

その息子が、突然「結婚する。会社を辞めて独立する」と、言い出しました。

「今のままでは、先が見えている。編集者として、もっといい仕事をしたい」

息子は、いつになく頑固に主張しました。

S先生は「結婚するのはいいが、出版社を辞めるのは許さない」と怒りました。

出版社に無理を言って就職させてもらったのですから、先生の面子は丸つぶれになります

しかし、結局、S先生が折れました。

息子は31歳になり、将来のことを真剣に考えたのでしょう。先生は息子の考えを尊重しました。「友人との共同経営」ということも、安心できました。

息子の結婚相手は会社の同僚で、西伊豆土肥温泉の旅館の娘でしたから、申し分もありません。

奥さんは「可愛い坊や」の望みは、なんでもかなえてやりたいので、結婚にも独立にも、反対しませんでした。

息子は盛大な結婚式を挙げて、新生活を始めました。

 

ショックでうつ病

1年後、息子は事業に失敗しました。

「共同経営者」の友人にだまされたのです。友人は会社名義で借金しまくり、そのお金を持って逃げてしまいました。

息子は社長として連帯保証をしていたので、個人破産するしかありませんでした。息子は無一文になり、妻とともにS先生の自宅へ戻って来ました。

息子の妻は妊娠していました。

S先生は息子を責めませんでした。

「人生は長い。まだ32歳になったばかりじゃないか。明日から新規まき直しだ」

先生は息子を励ましましたが、息子は意気消沈して、生返事するだけです。

S先生は早く再就職させたいと考えましたが、奥さんは「坊やは心身ともに疲れきっているから、休養が必要です」と、言い張ります。息子も就職活動をするでもなく、毎日、読書と散歩で過ごしていました。

奥さんは息子夫婦のためにマンションの1室を借り、毎月の生活費を渡しました。S先生は2世帯分の生活を1人で背負うことになりました。

息子に女児が誕生して、S先生は「お祖父ちゃん」になりました。

孫娘が誕生して間もなく、先生は気力の衰えを感じました。何をするのもおっくうで、書道教室に出かけるのも面倒に思われます。気分が落ち込み、筆を握る気にもなれません。どちらかと言うと食道楽でしたが、何を食べても味がなく、食欲が落ちました。

先生が痩せたので、奥さんは心配でたまらなくなりました。

嫌がる先生を無理やり病院に連れて行きました。いろいろな検査の結果、S先生は「うつ病」と診断されました。

(後半へ続く)

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。