50歳になっても無職【後編】

2016/03/23

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賢夫人?

S先生はうつ病になりました。

医者は1~2ヶ月の入院を勧めましたが、奥さんが承知しませんでした。

「精神科への入院は、外聞が悪い」というのです。

「真面目で責任感が強く、仕事熱心な人がうつ病を発症しやすい」と言います。

S先生は真面目で几帳面で責任感が強く、気配りのいいことで知られていました。

65歳を過ぎて体力が落ちてきたところへ、息子の倒産・孫の誕生という大事件が起きたのです。息子一家の生活まで背負い、S先生は強いストレスを受けるようになりました。

ショックとストレスが、うつ病を引き起こしたと言えるでしょう。

うつ病は、心と身体が疲れすぎて、助けを求めているのです。ゆっくりと休養することが、何よりの治療です。

「早くよくなってね」「元気を出しなさい」「あなたなら、すぐに治る」などと、励ますことは厳禁です。

ところが、奥さんは、S先生を叱咤激励し続けました。

「早くよくならないと、お弟子さんがみんな、やめてしまうわよ。私も坊やも、お父ちゃまだけが頼りなんだから、頑張ってちょうだい」

奥さんは、主治医に強い抗うつ剤の処方を求めました。

医師は服用上の細かい注意を与えました。しかし、奥さんは、若い頃から「賢夫人」と評判で、博識でしたから、医師の注意など無視して、自分の判断で薬を飲ませました。

 

鬱(うつ)から躁へ

S先生の息子は、子供が生まれても、先生がうつ病で倒れても、就職しません。

周囲が心配して就職先を世話しても、「ぼくは出版の仕事しか興味がない」と言って断ってしまいます。

奥さんも「坊やは身体が弱いから、無理をさせられない」と、仕事の選り好みをするので、就職先など見つかるはずがありません。

しかも、息子の妻の実家である温泉旅館が倒産しました。

息子の家族が生活するには、S先生が働くしかないのです。

抗うつ剤が効いたのか、S先生は元気になってきました。

書道教室を廻って指導するようになり、奥さんは大喜びでした。

ところが、先生は元気になりすぎました。

「個展を開く」と言って画廊と交渉し、高価な時計や着物を誂え、お弟子達を大勢連れて、銀座の寿司屋やクラブを連日訪れました。

請求書の金額に、奥さんは驚き、怒りましたが、S先生は平気です。

奥さんも、S先生が浪費家になっても、元気で書道教室を廻り、作品展を開催する方がよかったので、先生を抑えようとしませんでした。

高額な買物は、内緒で注文を取り消すことができますし、飲食代などは高弟達に押しつけてしまいます。

医者は「双極性障害(躁うつ病)」と診断し、適正な薬物療法と心理療法を勧めました。

現在は、いい薬がありますし、心理療法も発達しています。適正な治療を受ければ、うつ病も双極性障害も治すことができます。

しかし、奥さんは医者の指示に従わず、素人判断で、薬の量を増やしたり減らしたり、薬を飲むのをやめさせたりしました。おかげで、先生は病気をこじらせてしまい、治りにくくなってしまったのです。

 

50歳になっても無職

S先生は躁状態とうつ状態をくり返すようになりました。

奥さんは躁状態になると薬を飲ませるのをやめ、できるだけ長引かせるようにしました。うつ状態になると、薬の量を増やして元気にしようとしました。

躁状態のS先生は、手がつけられなくなりました。

奥さんや弟子達に暴言を吐き、浪費が止まらなくなりました。もう、奥さんもどうすることもできません。

ついに、奥さんが倒れました。脳梗塞です。以前から高血圧症でしたが、血圧降下剤も医師の指示に従わず、「私は小柄だから、ふつうの人の半分でいい」と、勝手に量を減らしていたのが、悪かったのでしょう。

奥さんは入院しましたが、かなり重症で意識もはっきりしません。

奥さんの留守中、S先生は預金通帳を見つけて怒り狂いました。

「お父ちゃまは稼ぎが悪いから、貯金もできない」と言われていたのに、驚くような高額の定期預金がしてあったのです。

ちょうど躁状態だった先生は、いよいよ気が大きくなり、連日連夜、遊びまくりました。

しかし、S先生は75歳になっていました。高血圧や高血糖、高コレステロールなど、健康を害していました。連日連夜の外食・大酒・夜更かしがたたり、先生は体調を悪くして入院しました。

息子は、医者と相談して、S先生を精神病院に入院させました。

書道教室は全部閉鎖し、お弟子さんの面倒は高弟達に頼みました。S先生があちこちで約束した個展開催の後始末や飲食代、呉服屋の支払いなども、高弟達に任せました。

息子は先生の自宅を売却して、郊外に新築住宅を買いました。

売却代金の残りと先生の預金があるので、働く必要などありません。

奥さんは、数年間寝たきりで過ごし、入院先の病院で亡くなりました。

S先生は精神病院に入院したまま、85歳で亡くなりました。

息子は50歳をすぎましたが、娘と妻の3人で悠々と暮らしています。32歳の時から、無職のままです。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。