相続対策という対策はない【前編】

2016/03/24

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トンカツにビール

H氏は岩手の中学を卒業すると、すぐに上京して広告代理店に就職しました。

休日出勤など当り前で、朝早くから夜遅くまで、一生懸命働きました。

楽しみは、たまの休みに上野に出て、厚いトンカツを食べてビールを1本飲むことでした。

「毎晩、トンカツとビールが食べられる身分になりたい」

Hさんは夢を実現するために、ますます仕事に励みました。

Hさんは成功しました。

自分で広告代理店を開き、上流家庭のお嬢様を妻に迎えました。妻のために都内の一等地に300余坪の土地を求め、豪邸を建てました。

でも、お嬢様育ちの夫人は、「トンカツにビール」というHさんの夢が理解できませんでした。「トンカツにビール」が御馳走とは思えなかったのです。

Hさんと夫人の間には、娘が二人生まれました。

長女に婿を迎えて事業の後継者としました。次女は企業家に嫁ぎました。

順風満帆に見えた人生でしたが、高度成長経済時代が終わる頃からHさんの事業に翳りが出てきました。同時に、Hさんは体調の変化に気づきました。

大腸癌で、すでに肺や肝臓に転移していました。

Hさんは事業を大手広告代理店に売却して子会社にし、娘婿には子会社の専務の椅子を確保しました。H夫人にも顧問として毎月給料が渡るように手配しました。広大な敷地の3分の2にマンションを建て、H夫人や娘達が安楽に暮らせるようにしました。

マンションの建設が始まって間もなく、Hさんは亡くなりました。享年68歳。

「退院したら、上野にトンカツを喰いに行く」

そればかりを楽しみに闘病生活を続けていました。

 

未亡人は贅沢が好き

Hさんの財産はたいしたものでしたが、土地や建物は夫人と共同名義にしておいたので、相続税にはずいぶん有利になりました。しかも、マンション建設費用として銀行から融資を受けていましたから、負の財産もあり、遺族はそれほど苦労せずに相続税を支払うことができました。

「借金があれば、相続税は少なくなるのね」

二人の娘の頭には、強くインプットされました。

バブル景気で不動産価格が高騰しました。

完成した新築マンションは、すぐに全室入居が決まりました。マンションの賃貸料で、未亡人は贅沢な暮らしを続けることができました。娘達もマンションの管理を手伝って給料をもらい、夫の収入以上の生活を楽しみました。

H夫人は、娘時代から家事をしたことがありません。御飯の炊き方も知らないのです。Hさんと結婚してからも、家事はすべて家政婦さん任せでした。

Hさんが亡くなってから、長女夫婦と同居するようになりましたが、家政婦さんには毎日来てもらいました。

庭が広いので、手入れも大変です。毎月、植木屋さんを入れました。

H夫人は温泉が大好きです。

年に数回、あちこちの温泉に出かけますが、それも、ハイヤーを頼み、家政婦さんをお供に連れて行くのです。

H夫人は俳句が趣味で、句会にもよく出席します。

句会に行くのも、吟行するのも、ハイヤーです。タクシーには乗りません。

こんな贅沢な生活も、バブル景気が続く間は何の問題もありませんでした。

 

相続対策は借金?

しかし、バブル景気がはじけると、H夫人のマンションにも空室が出ました。賃貸料の高いマンションは敬遠され、安いところへ移る人も増えました。

入居者を確保するためには、賃貸料を下げなければなりません。また、インターネットなど新設備も必要になり、改装もしなければなりません。

マンション収入が減少したのに、出費は多くなります。

H夫人は、マンション管理は娘達に任せきりで、気にもしませんでした。

相変わらず贅沢な生活を続けるので、収入を全部使ってしまいます。娘達が「少し出費を抑えるように」と、言うと、

「私は貧乏になったの?長生きするんじゃなかったわ」

ヒステリックに泣きわめくので、娘達は何も言えません。

Hさんが亡くなって15年近く経ち、H夫人も80歳になりました。

娘達は、そろそろH夫人の相続対策を考え始めました。不動産価格が暴落したとはいえ、都内の一等地ですから相当な資産価値があります。「相続税を払うために、今住んでいる家かマンションを手放すことになるかもしれない」と、心配になります。

マンションを建てる時に融資してくれた銀行に相談すると、相続対策のコンサルタントを紹介してくれました。

コンサルタントは「借金して不動産を購入する」ことを勧めました。

「借金があれば、相続税は安くなる」と言うのです。相続後、購入した不動産を売却すれば、借金は返済できます。暴落した不動産価格も底を打ったようで、これ以上下がる心配はなさそうです。

マンション建設時の借入金は返済し終わっているので、土地を担保に新たに融資を受けることもできます。しかも、H夫人の死亡後に元金の返済が始まる仕組みの融資で、それまでは利息のみを支払います。

娘達は父親の相続の時の経験を生かして、不動産購入を決断しました。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。