親を看取って一人前【前編】

2016/05/18

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30~40代の女性は、ちょうど子育てと親の介護が重なることが多いようです。「ダブルケア」に追われる方々を紹介するテレビ番組をたまたま一緒に見ていた時、母は思い出したように、自分が小学校低学年の息子と娘を抱え実母を看取った当時の話をしてくれました。テレビを見ながら、母は「あの頃は気が遠くなりそうなほど大変だったけど、看取り終わってようやく一人前になれたような気がする」と言いました。

 

子育てと看病と

私がまだ小学校に上がる前に、母方の祖母が胃がんで倒れました。母は30代後半、子育てがある程度ひと段落してパートタイムの仕事を始めた矢先のことでした。母は5人兄弟姉妹の3番目です。郷里には長兄だけが残っていたので看病は義姉がメインとなり、上京していた姉妹弟が交代で帰郷し看病することになりました。飛行機で移動するので1度行けば2,3週間は帰ってきませんでした。その不在のために、行く前は、買い出し、食事のフリージングや子どもを預ける根回しなど細々とした準備、帰ってからは細々とした後片付けに追われたそうです。

 

最後の一夜

一時は小康を得たものの、祖母は2年後に胃がんを再発しました。母の最後の看病当番は、祖母の死の5日前から始まりました。この頃には熱が続き、末期がん特有の腹水がたまり、痛みでひどく苦しんでいたそうです。母は病室に泊まり込み、浮腫んだ足をマッサージするなど看病を続けました。

そして前日。たまっていた腹水が上がってきたため、医師から家族を呼ぶように言われました。それまでは苦しみ言葉少ないながらも、まだ話すことが出来ていたのですが、この時、相当悪いのだ、と覚悟したそうです。

もう何も口にできず、してもほとんど戻していたのですが、祖母はふと「熱いお茶が飲みたい」と言いました。少し冷ましたものを飲ませたところ、おいしそうに口に含み、飲みくだしました。母は、後からするとあれが「末期の水」だったかと思ったそうです。

その夜、祖母は黒い便を出しました。簡易トイレが間に合わず、母は思わず手のひらで受けたそうです。手のひらの便は温かく、全くにおいがしなかったと言います。夜半から明け方にかけ、体内にどれほどのものがあるのかと驚くほどたくさん出ました。母は夜通し祖母が便を出す度に、簡易トイレで処理したそうです。母はこれを「黒ずり」と呼んでいましたが、死の直前にはこうした便がでるのだそうです。死の兆候でした。

 

看護婦に話すと翌朝すぐに個室へ移ることとなりました。

この記事を書いたライター

本間 純子
本間 純子

「色々なことがあったけれど、悪くない人生だった」と要介護の父、持病がある母に思ってもらえれば。そう願って、時には激烈なケンカをしながら一緒に暮らしています。
老いや病気はきれいごとでは済まないこともありますよね。それでも前に進んでいかなければなりません。人生の先輩方や支える家族の方々が、できるだけ元気で楽に暮らせるような情報をお伝えできればと思います。
どうぞよろしくお願いします。