介護するうちに、だんだん言葉がきつくなって…

2016/05/26

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ある日、自分の話し方がとてもきつくなっていることに気づいて、愕然としたことはありませんか?相手はお年寄りで、優しく接してあげなければいけないのに・・・

 

言葉がきつくなって、当然です。

高齢者の介護をしている時、「どうして、こんなきつい言い方になってしまうのかしら?」と、悩むことがありますよね。

まして認知症のお年寄りが相手の時は、言葉もきつくなるし、声も大きくなりますね。時には、どなりつけたりして・・・自分が情けなく思えます。

でも、悩むことも、自己嫌悪になることもないのです。

「もの言いがきつくなる」ことも、声が大きくなることも、気にすることはありません。必要だから、そうしているのです。

私は、若い頃、小学校の教師をしていました。中学受験塾の講師をしたこともあります。

「あなたのどなり声が大きすぎて、音楽の授業ができない」と、よく校長に叱られました。

子供達をどなる声が、塾の教室の外まで聞こえると、評判になりました。

大声を出し過ぎて、喉がはれ、声が出なくなったこともあります。

 

私は、年百年中、大声でどなっていたわけではありません。

「ここは、大事だ」「これだけは、覚えてもらいたい」「これだけは、理解してほしい」というところで、声が大きくなるのです。

声が大きくなるだけではありません。言葉も、きつくなります。

少しでも誤解のないように、100%理解できるように話そうとすると、婉曲的な言いまわしはできません。直接的な言い方で、要点のみを話すようにします。

言葉を飾ることもしません。簡潔に話すように努めます。

 

高齢者を介護する場合も同じです。

「薬を飲んだのか、飲まなかったのか?」

「胸が痛いのか、腹が痛いのか?」

「トイレに行きたいのか?」

相手に「何を聞いているのか」よくわからせて、はっきりした答をもらう必要があります。

そのような時、あいまいな、優しい言い方では通用しません。直接的で簡潔な表現をする方が、相手に理解してもらえるのです。

 

高齢者専門病院、高齢者専門病棟の看護師さん達は、みなさん、とても親切です。気配りもよく、24時間、病棟中を走り廻っています。

しかし、優しい親切な看護師さん達でも、話す言葉は、きつく聞こえます。声も大きい方です。

そうしなければ、高齢の患者さんと正確に情報交換ができないからです。

加齢により聴力が低下する人も少なくありません。大きな声で、はっきり話す方が、患者さんにはありがたいのです。

 

まして認知症の場合は、記憶力も理解力も判断力も低下しています。

数時間前のことも忘れてしまい、ちょっとした仕事をすることもできません。「自分は、どうかしたのではないか?」と、本人も不安になっているのです。

不安を解消するためにも、はっきり、わかりやすく話す必要があります。

また、うっかり危険な行為をすることもあります。危険な行為を避けるために、大きな声で、きつい言葉で注意することも必要なのです。

 

気分を高揚させる言い方は?

介護は、介護する人がつらいのはもちろんですが、介護される本人も、つらいのです。

認知症が重度に進行してしまったとしても、身体を思いのままに動かせない不自由さにイライラすることもあるでしょう。軽度や中度であれば、「介護される自分」に腹を立て、また、家族や周囲の人々に迷惑をかけることを心苦しく思うことも少なくありません。

介護する人は、相手の壮年の頃の颯爽とした姿を知っているだけに、悲しいやら、情けないやら、言葉に表すこともできません。

また、毎日の介護の仕事で、心身ともに疲れきっています。

気分が落ち込んで、うつ状態になることもあります。

そのような時は、できるだけ明るく振る舞おうとしますよね。

自分の憂鬱な気分を吹き飛ばし、相手を元気づけるようにしますよね。

「さあ、くよくよしないでがんばりましょうね」と、優しく言うのと、

「くよくよしない! 元気を出してがんばろう!」と、強く言うのと、

どちらが、明るくて、力強い感じがするでしょう?

笑う時も、「ほほえむ」より「大声でアハハハ」の方が、元気よく感じます。

 

「人間は悲しいから泣くのではない。泣くから悲しくなるのだ」と、言います。

力強い元気な話し方をするようにし、大声で笑うようにすれば、気分も明るくなります。介護される相手も、つられて元気になるでしょう。

それに、大声で話したり、笑ったりすると、ストレス解消にもなりますよ。

 

きつい言い方と乱暴な言い方はちがいます

はっきり、わかりやすく、簡潔に話そうとすれば、どうしても切り口上になって、きつい言い方になってしまいます。

しかし、それは、乱暴な言い方とはちがうのです。

乱暴な言い方は、相手をののしる言葉です。相手を見下している言葉です。どうしようもない怒りのはけ口として、相手にぶつける言葉です。

①   「独りで外に出てはダメ!自動車にひかれますよ!」

②   「独りで外に出るな!何回言ったらわかるんだよ。自動車にひかれちまえ!」

③   「独りで外に出ないでくださいね。何回言えばわかるのかしら。きっと自動車にでもひかれたら、わかるのね。もう、知りませんよ。勝手になさいな」

 

①   の言い方はきついかもしれませんが、怒りをぶつけているのではありません。

②   は、相手に怒りをぶつけているのが、よくわかります。

③   は、やさしい上品な言いまわしですが、相手を見下し、怒りをぶつけています。

「もう知りません」「勝手にしなさい」と、突き放すような言い方は、介護される高齢者を不安にさせます。

介護する相手を怒らないでください。

怒っても、相手は「なぜ怒られるのか」わからず、不安になるだけです。

怒りがこもると、言葉が乱暴になります。

乱暴な言葉は、相手にはっきりした意志を伝えるものではありません。怒りだけが、相手に伝わり、怯えさせるだけです。

言葉が乱暴になってきたら、独りで悩まず専門家に相談してください。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。