書評:「人は死んだらどうなるのか」[著]さとう有作

2016/06/03

hitohasindara

本作は漫画家であり、千葉大学教育学部で講師も務めるさとう有作氏の作品だ。

本作は仏教的観点から、「死後の世界」の伝承を漫画の形で表現している。「三途の川」の様子から、「閻魔大王による裁判」、「六道輪廻」など、我々日本人にもなじみ深い「あの世」のあれやこれやが題材だ。

絵柄は極彩色かつ表情豊か。それぞれが漫画的にデフォルメされているにもかかわらず、描かれている「仏陀」「菩薩」「鬼」「亡者」がどのような存在なのか、一目で読者に伝わるよう描かれている。

さて、このように書くと、子供向けの仏教絵本のような印象を受けるかもしれない。しかし、本作の実際は少し違う。

さとう氏のタッチは確かにかわいらしく、ナビゲーター役の袈裟を着た少年や骨猫もキュートだ。難しい漢字には振り仮名もついている。しかし本作は明らかに「子供向け」の作品ではない。

本作のターゲットは明らかに「大人」、特に壮年以上の「死」を意識し始めた年齢層だろう。大人に向けた、大人のための「仏教入門」。それが本作の正当な評価ではないかと評者は考えている。

 

地獄草紙

「地獄草紙」という平安末期の絵巻物がある。仏教を篤く信仰した後白河天皇の指示によって制作された、まさに平安時代版の「人は死んだらどうなるか」を描いた作品だ。

地獄草紙では平安末期に流行した六道思想に基づいた「地獄」の様子が描かれている。色調は赤と黒を基調にしたリアリスティックなもので、800年近く経った今でもそのインパクトは全く色あせない。

Jigoku-Zoushi

「地獄草紙」のタッチは生々しい。

地獄草紙には「屎糞所、函量所、鉄磑所、鶏地獄、黒雲沙、膿血所、狐狼地獄」の7つの地獄が描かれている。このような凄惨な絵巻を眺めると、なぜ仏教を篤く信仰した後白河天皇がこのような絵巻を作らせたのだろう?という疑問が沸いてくる。なぜ12世紀、平安末期の仏教には「地獄草紙」が必要だったのだろうか。

平安末期とは、長らく続いた平和と安定が乱れ、飢饉や戦など生活を脅かす出来事が頻発し始めた時代だった。それこそ芥川龍之介が「羅生門」で描いたような、民心の荒廃、不安と恐怖が蔓延しはじめた時代である。

そういった時代に「地獄草紙」は必要とされた。

逆説的ではあるが、死と、死後が強く恐怖されたからこそ、それを描き、形にしていくことが必要とされたのだろう。

それは本作「人は死んだらどうなるか」にも通底する考え方だ。

 

人は死んだらどうなるのか

「人は死んだらどうなるのか」

この問いは人類文明の発祥から常に存在した。20世紀以降の現代社会においては冷笑されることもあったが、人間が「死」を想うときつねにこの問いはあった。

いま、超高齢化社会、総人口の1/3が老年という時代を迎え、日本人の「死」への関心はかつての平安時代並みに高まっているのかもしれない。

著者のさとう有作氏は

この頃 近しい人を亡くすことが多くなってきました
でも 「極楽浄土でまた会おうな」 と声をかけています
すると あの世の友と縁ができます

と前書きに書いている。

「あの世の友」たちとの縁を強く感じる氏だからこそ、本作のような「生き生きとした死後の世界」を描けたのかもしれない。

 

「あの世に行く怖さが薄れました」

「あの世に行く怖さが薄れました」

これは、amazonレビューにおける、あるレビュアーの評だ。

本作は、死後の世界を、生き生きと、コミカルに、カラフルに描く。

本作の描く死後の世界は「極楽浄土」だけではない。地獄や、地獄の鬼たちも、それこそ平安末期の「地獄草紙」を引き合いに出したくなるほどに、存在感をもって描かれている。

しかし、そこにはある種の救いがある。

死後の世界について、確実な証拠をもって語れる人は地上に1人として存在しない。多くのひとにとって、死後の世界とは不可知の世界である。

しかしだからこそ、明確に、そして鮮やかに示される「死後の世界」像が、救いになりうるのかもしれない。

伝統的な仏教的世界観に興味がある方
ちらりちらりと「死後の世界」について考えはじめた方
単純に躍動感ある漫画とイラストを楽しみたいという方

そういった方々に対して、本作はおすすめできる。

amazon.com「人は死んだらどうなるのか」

この記事を書いたライター

小山 晃弘
小山 晃弘

ブロガー、フリーライター。
セラヴィ」「リクナビNEXTジャーナル」「ASREAD」など、さまざまな商業Webメディアで活動中。
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