介護施設に入れたら、親戚中から非難された

2016/06/06

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親を介護施設に入れるのは、簡単なことではありません。

あれこれ悩んで、悩みぬいた挙句、決心するのです。

それを、介護の手伝いも何もしない親戚から非難されるなんて・・・

 

親を介護施設に入れるのは、一大決心

親を介護施設に入れる決心をするのは、簡単なことではありません。

まず親に納得してもらわなければなりません。

誰でも高齢になってから、住み慣れた家を離れるのは嫌なものです。「介護が必要な状態なら、娘や息子、嫁に面倒を見てもらいたい」と、考えるものです。

娘や息子、嫁にしても、「できるだけ、在宅介護にしたい」というのが本心です。夫婦間ならば、妻は老いた夫を世話しようと思うでしょうし、夫は老いた妻の面倒を見ようとするでしょう。

しかし、親と同居しているか、ごく近所にすんでいるかすれば、在宅介護も可能ですが、子供達が親と遠く離れて(極端な話、海外で)暮らしていれば、難しくなります。

親の介護をするために、娘や嫁が親と同居し、夫が独り暮しをするという方法もありますが、長く続けば、夫婦間の不和を生じることもあります。

独身の息子や娘が親の介護をする場合、介護離職の問題が出てきます。介護に専念するために仕事を辞めれば、介護者に経済的不安が生じます。

 

介護は重労働です。1人を介護するために1.5人を必要とするのです。

介護は肉体的な世話に限りません。介護される人の精神的な面も配慮することが大事です。

認知症初期ならば、介護者の対応により症状が改善する可能性が大きいのですから、介護者の責任は重大です。

また、脳梗塞や脳溢血で倒れ、半身不随になったような場合、患者自身のショックが大きく、抑うつ症状に陥ることも少なくありません。患者さんを励ましてリハビリに取り組ませるのも、介護者の役目です。

介護する親の精神面を気遣うあまり、介護者自身が精神的に疲労困憊してしまうこともあります。

そして、下の世話。排尿・排便の世話は、ベテラン介護員でも「きつい仕事」と言います。排泄介助でも、かなりきついのに、差しこみ便器やおむつからはみ出した大小便の始末は、実の親のものでも心身の負担が大きすぎます。

在宅介護を長く続けていると、介護者は心身ともに疲れ果ててしまいます。介護者自身が更年期障害や癌などの病気に倒れたり、高齢化して体力が低下したりしてきます。介護者が精神を病むこともあります。

老々介護であれば、高齢の介護者自身が認知症にかかることさえあります。

介護サービスを最大限利用して、訪問介護やホームヘルパーさんを頼んだり、デイケアサービスやショートステイを活用したりしていても、それでは不十分になってくるのです。

こうした事情をあれこれ考え、悩みぬいた挙句に施設入所を決心するのです。

 

介護施設に入る方が安心できる

 介護施設に親を預ける時、入所する親御さんも、預ける子供さんも、ともにつらい思いをします。

認知症にかかっていても、親は「子供に苦労させたくない」と心の底で感じています。「ここに入りたくない」「家に帰りたい」という気持ちを、ぐっとこらえるのです。

預ける子供は親の在宅・帰宅願望を知っていますから、「心を鬼にして」預けて帰って来るのです。

「鬼になって、介護施設に入れた」と思っている息子や娘、嫁は、親戚から「姥捨て山だ」「人間の道に外れた行為だ」「親不孝者」などと非難されれば、自責の念に駆られます。自己嫌悪に陥ります。

「鬼ではないから」介護施設に入れるのです。

「親を大事に思い、愛しているから」介護施設に入れるのです。

介護施設は、決して「姥捨て山」ではありません。

まず、介護者さんが、このことを納得してください。

介護を必要とする人の中には、容体が急変することがあります。

抱えている病気によっては、目が離せない状態になります。病状が急激に悪化した時、素人の介護者ではどうにもなりません。

病院や介護療養型老人保健施設、特養老人ホームに入っていれば、病状悪化に対応できます。

「すぐに対応してもらえる」というのは、介護する家族よりも、患者さん自身が安心できます。

介護施設で専門家の世話を受けることは、患者さんにとっても快適です。

「見捨てられた」という気分をなくすために、頻繁に面会に行ってください。介護で心身ともに疲れ果て、笑顔も忘れた家族より、心から心配して、優しい温かい笑顔を見せてくれる家族の方が、どれほど励ましになるでしょう。

介護される患者さんの病状が進行し、余命を考えるようになれば、自宅介護より、施設介護の方が、いいことがあります。

ケアマネージャーさんに相談したり、訪問介護やデイケアサービスを受けていたりすれば、それほど難しいことにはならないでしょうが、自宅で亡くなると、厄介な問題が起きることがあります。

病院など医師の立合いの下に亡くなれば、葬儀手続が簡単にできるのです。

そのため、ダメとわかっていても、救急車で病院に運ぶこともあります。

 

非難する親戚が介護できるか?

介護を必要とする者を愛しているからこそ、介護施設に入れるのです。

そのことを、非難する親戚はわからないのです。

親戚に非難されたら、まず介護の重労働を説明してください。

24時間、一瞬も気をぬかずに介護するつらさを、話してください。介護者がどれほど心身ともに疲労しているか、親戚は知らないのです。

経済的な負担についても、親戚はわかっていません。健康保険・介護保険があっても、医療費・介護費の個人負担は年々増大するばかりです。

心身ともに疲労困憊し、経済的にも追い詰められ、「親と無理心中」する介護者もいるのです。精神を病み、「虐待介護」に走る介護者もいます。

こうした悲劇を避けるために、介護施設に預けるのです。

介護のつらさを説明しても理解しないかもしれません。「親の面倒を見ないのは、鬼だ」とか、「嫁として失格」とか、親戚は言いたい放題言うでしょう。

その時は、こう言ってはどうでしょう?

「では、1ヶ月でも2ヶ月でもいいから、あなたのお宅で面倒を見てくれますか?」

「週2日でいいから、介護に来てくれますか?」

「下の世話を手伝ってくれますか?」

「医療費や介護費を負担してくれますか?」

非難する親戚は「YES」とは言いません。「YES」と言ったら、遠慮なく介護を手伝ってもらいましょう。少しは、楽ができます。

「NO」と言いながら、非難を続けるなら、無視するほかはありません。

介護する相手は、誰でもない、介護者の親や配偶者なのです。介護者自身が健康で幸福でなければ、十分な介護はできないのです。

十分な介護をするために、介護者はくれぐれも御自愛ください。

この記事を書いたライター

潮美 瑶
潮美 瑶

人生とは「死に至る病」と申します。
生まれ落ちた時からゴールがわかっています。50歳を過ぎる頃から、ゴールが身近に感じられるようになります。
許されるものならば、できるだけ平穏にゴールを迎えたいと思っております。穏やかに、安らかに、悔いもなく、人生の幕を下ろせたら、どんなに幸せなことでしょう。見送る遺族の悲しみも、多少薄らぐことと思います。
終活情報を伝えることで、少しでも平穏にゴールを迎える役に立つならば、私自身にも大きな意味があります。