宗教者の立場から魂のケアを 「臨床宗教師」の役割

2016/08/06

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「臨床宗教師」という仕事を知っていますか?

知らないのも無理はないかもしれません。この仕事は、2011年の東日本大震災の後、「日本人の死生観を考え直さなければ」と考えた岡部健医師によって提唱されました。

臨床宗教師は英語の「チャプレン」の日本語訳として定められた言葉です。「チャプレン」というと耳慣れないかもしれませんが、「従軍牧師」と聞くとピンとくる方もいらっしゃるのではないでしょうか。そう、アレです。英語では軍・警察・病院などの公的組織で働く宗教者のことを、宗派を問わず「チャプレン」と呼びます。

日本の臨床宗教師も、この「チャプレン」と同じように、公的施設で働くことを想定して創設されました。しかし、その活躍の場は自衛隊や警察ではありません。

「看取り」の場、命が最期にたどり着く場所。
介護施設やホスピスなどの、終末期医療の現場。

臨床宗教師の働く場所は、そういった場所です。

 

「魂のケア」は誰がする。

「スピリチュアルケア」という言葉があります。宗教や精神世界の用語に聞こえますが、これはれっきとした医療用語です。

スピリチュアルケアとは、いわゆる「緩和ケア」の中で用いられる用語です。そして終末期の患者が経験する「痛み」は、身体的苦痛だけではありません。

例えば

・「憂うつだ」「毎日がつらい」などの心理的苦痛
・「仕事や相続についてどうすればよいのか」といった社会的苦痛

こういった「痛み」にも向き合っていなければなりません。

緩和ケアでは「痛み」を4つの種類に分類しますが、上で紹介した「身体的苦痛」「心理的苦痛」「社会的苦痛」に連なる4つ目の痛みを「魂の痛み」、すなわちスピリチュアルペインと呼びます。

「魂の痛み」は「心の痛み」と混合してしまいがちですが、別物です。

例えば「不安」や「怒り」や「憂うつ」などは心の痛みです。心理的なものとして、臨床心理士や精神科医やカウンセラーがその痛みを取るために働きかけることができます。

一方「魂の痛み」とは単なる心の苦痛ではありません。霊的、宗教的な悩み、例えば「自分はなぜ生きているのか」「自分の人生の意味は何か」「死んだあと自分はどうなるのか」などといった、人生や自分の実存そのものに対する疑問や悩み。そういったものを「スピリチュアルペイン」と呼びます。

終末期において、多くの患者が経験するこのスピリチュアルペイン。しかし、これまでの医療ではこの「魂の痛み」に対応できる職業が存在しませんでした。精神科医やカウンセラーは「死後、私はどうなるのか」という患者の呼びかけには答えられないからです。

3.11を経験し、一気に切実なものとして顕れてきたこの「魂の痛み」。

これに対抗していこうというのが、「臨床宗教師」を創立した岡部医師の考えでした。

 

スピリチュアルケアとは何か

ところで「スピリチュアルケア」とはどんなケアを指すのでしょう?

もしかすると、特定の宗派の考え方を、終末期の患者に押し付ける、そんなイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、それは違います。

臨床宗教師は、宗派の布教を禁じられています。

臨床宗教師が行うのは、宗教観を押し付けることではなく、患者個々人の宗教観を引き出すことです。人間、高齢まで生きれば誰しも自分なりの死生観・宗教観を持っているものです。それを患者の心の奥底から「引き上げて」あげる、そうして患者が人生の終末期に対応できるようサポートすることが、スピリチュアルケアの役目なのです。

患者の悩みに傾聴することで心を癒す臨床心理士と似た役割ですね。「臨床宗教師」という名前も、恐らくそこから来ているのだと思います。

自分なりの死生観・宗教観を持つことではじめて、ひとは自分の終末期と向き合うことができます。それはを助けるの臨床宗教師の役割なのです。

 

宗教者にしかできないことがある

さて、スピリチュアルケアの意味、意義などについてはご理解いただけたことかと思います。

次に出てくる疑問は「それは宗教者にしかできないことなのか?」という点ではないでしょうか。臨床宗教師はこれに「YES」と答えます。

 

「宗教者にしかできないことがある」

とは岡部医師とともに臨床宗教師の創設に関わった、東北大学教授の鈴木岩弓氏の言葉です。

「宗教的な、信仰に近い部分にかかわるとなると、宗教的なアプローチでなければできないような部分がある」

と氏は考えます。

実際、医師や看護師や心理士などの既存の医療者たちは、いまひとつこの分野に深く入り込むことができていません。

もちろん「心理的苦痛」へのケア、例えば傾聴を中心としたカウンセリングなどは、既存の医療者でもカバーすることができます。しかし、そこに宗教的なバックグラウンドを持ち込むことは、医療者にはできない。医療者はあくまで科学者であらねばならないからです。

患者さんに「死後の世界はあるのか」と問われたとき、医療者であるなら「わかりません」としか答えられない。しかし宗教者なら「わかりませんが、私はこう思っています」という語りかけができる。ここが重要な点なのだ…と鈴木教授は語ります。

宗教者としての経験が、患者を癒すことに繋がっていく。

もちろんそれは、患者さん個々人の世界観を整理していく手伝いを踏まえて、ということになるわけですが、ともかく今までケアが困難だったスピリチュアルな終末期の苦しみに寄り添うことが可能になる。

臨床宗教師とは、そういう新しい試みなのです。

 

モデルを持続可能なものにできるか

臨床宗教師という試みは、新しく、まだ始まったばかりです。

この取り組みが持続可能なものになるかどうかは、収益モデル(どう稼いでいくか?)や、どのように現場に入っていくのか?という多くの課題を抱えていると言えるでしょう。

しかし、それらの課題を乗り越えて日本の医療の現場に「宗教者」が入ってきたとき、超高齢化社会・多死社会の日本の医療の、何かが変わっていくのかもしれません。

臨床宗教師、この活動に、今後も注目が必要です。

この記事を書いたライター

小山 晃弘
小山 晃弘

ブロガー、フリーライター。
セラヴィ」「リクナビNEXTジャーナル」「ASREAD」など、さまざまな商業Webメディアで活動中。
ライブドアブログ OF THE YEAR 2015受賞

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